2019年02月17日

紹介:アーナンダマイー・マーさんの御言葉

facebookの「聖者の言葉」の投稿(2019年1月31日 17時21分)で、スピリチュアル・リーダーのAnandamayi Ma (アーナンダマイー・マー)さんの御言葉が紹介されていたのでシェアさせていただきます。

(以下、facebookの「聖者の言葉」の投稿から全文引用)

どんなことがあろうとも、そんなことはどうでもいいではないですか。
   −アーナンダマイー・マー

(以上)

頭では「目の前の状況は、全てがマーヤ(幻)で、空に浮かぶ雲のようにいつかは消えてなくなるもの」と理解したつもりでいても、次々と矢継ぎ早に、自分の狭い価値観では「あり得ない!」と思うような状況が続くと、まだ、うっかり心の平安を失ってしまう自分がいます。そして、「ああ、また、真の愛(神)に試された・・・。」と思うことの繰り返しです。

でも、その時に、自分自身に「そんなことはどうでもいいこと」と言い続けていると、心の平安を取り戻しやすくなることに気づきました。空に浮かぶ雲に対して、「おまえの形はおかしい」と文句を言っているようなものですからね。前にも書きましたが、人生は「現実」という「神に到達するまで何度も繰り返すロールプレイングゲーム」だそうですから、些細なことでむきになることは得策ではないと思えるようになってきました。自分が損するだけですからね。

特に重要なことは、その状況は、クリアできるまで、姿形を変えて、再び起こる一方で、一旦、それをクリアしたら、まるで雲のように消えて無くなるものなのですよね。まだまだ、真の愛(神)からの試しは尽きることはありませんが、以下の5項目を実行し続けられるかが、クリアできるためのキーポイントだと気づいたこの頃です。次の「試し」に備えて、イメージトレーニングを繰り返したいと思います。

1.自己信頼:自分に内在する神(真の愛)を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神(真の愛)を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神(真の愛)のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神(真の愛)に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

Tadashi
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2019年02月15日

他者の粗探しや悪口を言ってはいけない理由?

2019年1月18日のブログ記事「他者の粗探しを止める方法?」で、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」の中から、他者の粗探しを止めたい方に最適な方法をご紹介しました。今回は、「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダー(2月15日)のメッセージに、他者の粗探しや悪口を言ってはいけない理由があり、とても勉強になりましたのでご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 15]
Do not seek to discover or discuss the evil in other, for the attempt will tarnish your own minds.
*参考(意訳):他者の悪を探したり、話し合ったりしようと努めてはなりません。なぜなら、その試みは、自分自身の心を傷つけるからです。

他者の悪を見たり、話したりすると、そのネガティブなエネルギーが自分自身の心を傷つけてしまうとは、なんとも恐ろしいものですね。世の中で「倫理・道徳」と言われていることは、結局は「自分自身を守るための賢明な指針」だと実感するこのごろです。

その理屈は、波動で考えると単純ですね。当然、粗探しや悪口はネガティブですから、自分の波動が下がり、高い波動の「真の愛(神)」に共鳴できなくなり、その結果、「真の愛(神)」からの守りの範囲から外れてしまう原理だと思いました。

また、2018年6月27日のブログ記事「鏡の法則?」でもご紹介しましたが、鏡のように、自分が発したエネルギーは、反響・反映するものだそうですから、自分自身の心を傷つけてしまうのですね。これまで、随分と、あまり賢明ではない生き方をしてきたものだと自らを省みています。

ネガティブな言葉(辛い、悲しい、つまらない、悪口、愚痴、文句、不平・不満、泣き言、妬み、嫉妬 等)をなるべく避け、ポジティブな言葉(ありがとう、愛します、嬉しい、楽しい、幸せ、感謝します、許します 等)を使うように心がけ、特に、1日100回、「ありがとう」と呪文のように言い続けて、3ヶ月以上が経ちました。

その結果、日々の生活で、不快に感じることが、ほとんどなくなったように感じます。相変わらず、以前の自分だったら憤慨していただろう「あり得ないこと」は絶えませんが、不思議とあまり気にならなくなってきました。「そんなことどうでもいいや。どうせ、空に浮かぶ雲のように、いつかは消滅するものだし、それをいつまでも覚えている人々さえ、今世を終えて来世に生まれ変わったら、何も覚えていないのだから、気にしない、気にしない・・・。」という感じです。

Tadashi
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2019年02月14日

全ての魂は「真の愛」で結ばれた同じ集団?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの2月14日にあった以下のメッセージが目に留まりました。

[Sathya Sai's message for the day: February 14]
You are all members of the same family, bound by the religion of love.
*参考(意訳):あなた方は、全てが、愛という信仰で結ばれた同じ集団の一員です。

世の中、外見や価値観など表面的な差異に惑わされて、同族性が見えなくしてあるのかもしれませんね。全ての魂は、「真の愛(神)」から発せられ、輪廻転生繰り返しながら、己の魂を成長させ、全ての体験を終了すると、また、「真の愛(神)」へ戻るのだそうです。だから、全ての魂の共通項は、ただ1つ、内在する「真の愛(神)」だけなのですね。もし、みんなが同じ外見や価値観をもっていたら、別々に輪廻転生の人生を繰り返している意味がないですからね。

つい、小さな価値観の違いに目くじらを立ててしまう、枠の小さな自分のことも認め、許し、愛しながら、それぞれの魂に内在する「真の愛(神)」だけに集中できるように願います。それが実行できるようになれば、「最大の防御」であり、かつ、「最大の武器」である「真の愛(神)」の傘の下に入れるようになり、どのような状況でも、常に心の平安を得られるのだと思います。

Tadashi
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2019年02月10日

愛とは・・・

これまでも、何度か、ブログ記事で書いていますが、オーストラリアで暮らしていた頃、ショッピングセンターで、大きな漢字で「愛」という文字(愛情を意味するピンク色)が全面にプリントされたトレーナーを着ているおじさんを見かけてから、愛について、いろいろと学習させていただく体験を続けています。


あれから9年近く経ちますが、その間、日本で暮らしていた頃の感覚では「あり得ない!」と思うような出来事の繰り返しです(現在進行形)。お陰様で、愛に関していろいろと学習体験し、自分の未熟な魂は、随分と成長したと思います(それまでは「魂の成長」を怠っていたもので・・・)。

「Sri Sathya Sai Sandhana Trust」発行の「Calendar 2019」の表紙裏面に愛に関するメッセージが記載されていたので、ご紹介します。

「Sri Sathya Sai Sandhana Trust」発行の「Calendar 2019」の表紙裏面

Love is energy;
love is power;
love is bliss;
love is light
   and
love is God.
 -Baba

*参考(意訳):
愛とはエネルギー(精力・活力)です。
愛とはパワー(体力・精神力)です。
愛とは無上の幸福・喜び(心の平静を保つ精神的な喜び)です。
愛とは光です。
そして、愛とは神です。
 ーババ


ここで表記されている「愛」とは、「真の愛(神)=無条件の愛」ですが、これなしには生きていけないというか、これにより生かされているものなのですね。

高江洲薫先生から教えて頂いたヒーリングは、自分がパイプ役となって受けた宇宙の神聖なエネルギー(光)をクライアントへ満たすことが基本です。宇宙には真の愛(神)で満たされているそうですから、真の愛(神)を相手に満たしているとも言えますね。だから、受け手は気持ちよくなり、本人の持つ自然治癒力も高まるのも納得です。

お恥ずかしながら、10年前まで、「愛とは神」だと知りませんでした。真の愛(神)は、最大の守りで、かつ、最大の防御で、敵をも味方にかえるそうですから、とてもありがたいですね。しかも、無料ですから、素晴らしいです。

最近、何度も書いていますが、真の愛(神)の守りの中に入るコツ(ネガティブな言葉を避け、ポジティブな言葉を使う)を実行し始めてから、以前よりも心の平安を保ちやすくなりました。いつも、私が分かりやすい手段で、いろいろと教えてくださっている真の愛(神)への感謝の祈りは、毎日、欠かせません。

・ネガティブな言葉:辛い、悲しい、つまらない、悪口、愚痴、文句、不平・不満、泣き言、妬み、嫉妬 等
・ポジティブな言葉:ありがとう、愛します、嬉しい、楽しい、幸せ、感謝します、許します 等

Tadashi
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2019年02月09日

「満足していること」は自分の「幸福(健康)」のため?

2018年02月15日のブログ記事「Pay rise (昇給)」でも書きましたが、昇給から1年が経とうとしています。先月、ハードワークと顧客によるベーキングの評判が認められ、今年も昇給していただけることになりました。

以前、こちらに長い日本人の方から、「こちらでは、積極的に交渉しなければ、現状の賃金で満足していると思われる。日本人は昇給の交渉が下手な人は多い。」という話を聞きました。個人的に、今世の自分が日本人を選んで生まれてきたのは、一般的に言われる「日本人の美徳感」を体験するためだと感じますし、全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)した方が、真の幸福を得られると思い、自分から交渉することは一切していません。

ただ、いくら全託したとは言え、昇給額があまりにも低かったので、正直のところ、不平・不満の気持ちが芽生え始めていました。その時、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」に「常に満足していること」に関する御講話が投稿されているのが目に留まりました。あまりにも絶妙なタイミングで、いつもながら、神(真の愛)には、全てお見通しですね。神(真の愛)とって「愛しく」なるためには、「常に満足していること」と「固い決意を持つこと」だそうで、その結果、神の恩寵を勝ち得ることができるものなのですね。

(以下、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」の2019年2月6日 14時3分投稿から全文引用)

主はアルジュナに、そしてすべての人類に、恩寵を求めて志願者たちが捧げる献身に自分が満足していることを明らかにしました。彼は「バクティマーン・メー・プリヨー・ナラハ」(真に献身する者は私にとって愛しい。バガヴァッド・ギータ―12章19節)と言明しています。
多くの人は、功績を誇りに思って、自分は神を愛していると主張するかもしれません。それは彼らを旅の道半ばに連れて行くだけです。そこから多くを得ることはないでしょう。
神は、メー・プリヨー・ナラハ(私にとって愛しい人)と答えただろうか?と、あなた方は自問自答しなければなりません。そうして初めて、あなたは神の恩寵を勝ち得たと主張することができます。神の恩寵のみが、神の愛という最も貴重な贈り物をもたらします。どうしたら神にとって「愛しく」なれるのでしょうか?
ギータ―は、サントゥシタ・サタタム(常に満足していること)と、ドゥルダ・ニシチャーヤハ(固い決意を持つこと)という二つの性質を強調しています。帰依者は幸運の潮流が変わることを気にせずに、常に満足し朗らかでいなければなりません。
―1986年8月2日の御講話


そして、以下の「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダー(2月9日)のメッセージを見て、満足していることは、自分の幸福(健康)のためだと教えて頂きました。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 9]
A man’s well-being depends upon his degree of contentment.
*参考(意訳):人の幸福(健康)は、その人の満足の程度によります。

お金は、周りに真の愛をもたらした分だけ、得られるものだそうですね。一時的に、見合ったお金が得られず、損したように感じる時は、その差額は神(真の愛)が預かってくださって、自分にとって必要な時に、それを満たしてくださると信じます。しかも、お金は今世限りで、来世へは持って行けませんが、神(真の愛)に預けておけば、「美徳」という形で、来世へ持ち越せますから、逆にお得だと思います。少なくとも、仕事をサボって賃金を得ることだけは、避けようと思います。なぜなら、「サラ金から借金している」ようなものですから、いつかは、高利まで返却しなければならないわけですから。

ありがたいことに、今世の自分の意思は強い(頑固ともいいますが・・・)ので、「常に満足している」という意思を強く持ちたいです。不平・不満になりそうな時、このブログを読み返して、未来の自分への戒めといたいと思います。

Tadashi
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2019年02月07日

自信とは?

facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」の投稿(2019年2月6日 13時57分)で「自信」に関する御講話が紹介されていたのでシェアさせていただきます。

(以下、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」の投稿から全文引用)

善良であり、良いことを見、良いことを聞き、良いことを語り、良いことを行いなさい。
そのような規律の基盤は「良いことを考える」ことです。これには心(マインド)のコントロールを伴います。
神を瞑想することは、心の安定に到達するための段階の一つです。道を歩いたり、話したり、読んだりなど、あらゆる行動には集中力が必要です。あなたは神へのひたむきな信愛に集中すべきです。仕事を礼拝として行うこともまた、瞑想と同じです。
あなたはすべての行動を神への捧げ物として行わなければなりません。また、神があなたの内にいるという感覚を持っているときには、あなたはいかなる悪も考えたり、見たり、聞いたり、語ったり、行ったりしないでしょう。
内なる神を完全に信じることが自信です。これが建てられなければならない自己満足という壁の土台であり、その上に自己犠牲という屋根がふかれて、自己実現(真我顕現)という邸宅が完成するのです。
―1997年7月18日の御講話

(以上)


「自己信頼」という"土台"、「自己満足」という"壁"、「自己犠牲」という"屋根"によって、「自己実現」という"邸宅"が完成するとは・・・。だから、「自己信頼」と「自己満足」なしに、「自己犠牲」だけでは、長続きしないものなのですね。なぜなら、土台と壁がなければ、屋根をふくことはできませんから、納得です。しかも、「自己実現」=「真我顕在」だったとは驚愕しました。これまで、自分の表面的な夢や希望を叶えることが自己実現だと勘違いしていたかもしれません・・・。

かつて、何をするにしても、自信がなくて、人前に出たり、目立つことをすることが苦手(恐怖)でした。実は、8世代前の過去世を終える時に作ってしまった「人よりも目立つ者は、必ず恨みをかう」というネガティブなブログラムが影響していたのですが・・・。また、前にも書きましたように、9世代前の過去世で、神への信仰心を失いましたし、数年前まで、神は自分から遠く離れた存在のように思っていましたので、正直のところ、自分の中に神がいるという発想はありませんでした。

しかし、こちらに来て、それまで以上に”あり得ない”状況に追い込まれ、自分に内在する神(真の愛)を信じて頼る(自己信頼体験を通じて、1つ1つ、乗り越えることができました。その結果、自分に内在する神(真の愛)を信じて仰ぎ見る心(信仰心が芽生えたように感じます。それから、神(真の愛)のよい道具に徹する(無私の状態の方が、今世の自分に与えて頂いた能力・才能を発揮しやすいものですね。逆に「自分が、自分が・・・」という自我が強い時は、いくら努力しても、虚しい結果に終わることばかりでした。さらに、様々な心配や恐怖に苛まれた時は、全ての判断を神(真の愛)に託し(全託、乗り越えることができました。そして、頭で分かった気になっても、なかなか、思うように実行できない自分に対しても、ありのままの自分を認め、許し、愛すること(自愛により、心の平安を保ちやすくなりました。

かつて、自分を責めたり、批判ばかりしていたころは、心が荒んで、自分だけでなく、周りに対しても責めたり、批判したりして、自分も周りも不幸にしていたと、自分の未熟さを省みています。誰でも、自分の未熟な部分は見たくないものですが、それなくして、魂の成長はあり得ないものなのですね。でも、一旦、自分の未熟さを認めた上で、内在する神(真の愛)へ、魂が成長できるように祈り続ければ、必ず助けてくださるものだと実感しています。

Tadashi
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2019年02月06日

神(真の愛)の前に恥ずかしくない思い・行為・涙とは?

今日は、こちらの祝日でした。祝日は休業する店も少なくないため、今日は忙しい1日でした。最近では、仕事に慣れてきたためか、厨房に次々と注文伝票が並んでも、冷静沈着に淡々と業務をこなせるようになってきました。

急いだり、慌てたりしても、料理の仕上がり時間に大差はなく、逆にケアレスミスを招くだけだと学習してきたお陰だと思います。また、マルチタスク、同時にいくつもの作業をこなさなければならないので、優先順位(加熱に時間が掛かるものから着手する)を熟知することも、時間の短縮に重要だと学んでいます。

サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンが発行した2019年2月5日の今日の御言葉は、これまでの自分の人生(過去世も含め)を振り返り、心に響きましたので、ご紹介させいただきます。なぜなら、これまで、随分と恨みや悲しみの思いや行為、涙だったからです。これからは、神(真の愛)の前に恥ずかしくない思いや行為、涙に変えていたいと思いました。

人生の最終目的は「神の台座に近づくこと」ならば、なかなか、自分が思うようにできない自分のことを責めたり、非難したりせず、ただ、神(真の愛)が喜ぶ思いや行為、涙に近づけるように努力し、祈り続けたいと思います。なぜなら、2018年12月22日のブログ記事「神頼みだけではだめ?」でご紹介したように、神意は努力と祈りにより獲得できるそうですから。

Tadashi

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(以下、転写)

今日の御言葉 2019年2月5日

彼(真の求道者)は、自分に課せられた一つひとつすべての任務を、
それをすることによって神が喜ぶ礼拝であるかのように、
またそれを通して自分が神の台座に近づくことができるかのように、
こなして行きます。
「義務は神、仕事は礼拝」、それがモットーです。
礼拝は、一日の特定の時間にそれを身に着けたり脱いだりする
ユニフォームではありません。
一つひとつの思いを、神が指でつまむのにふさわしい
花にしなさい。
一つひとつの行為を、神の手に乗せるにふさわしい
愛という甘い果汁に満ちた果実にしなさい。
一粒ひとつぶの涙を、神の蓮華の御足を洗うにふさわしい
神聖で清らかなものにしなさい。

            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成31年2月5日(火)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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2019年02月05日

人生の"航海"に不可欠な2つのオールとは?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダー(2月8日)のメッセージをご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 8]
Devotion and faith are the two oars with which you can take the boat of life across the sea of samsara.
*参考(意訳):献身と信仰は、あなたの人生の船が輪廻転生の海を横断することができる2つのオールです。


お恥ずかしながら、人生の半ばを過ぎ、ニュージーランドへ来て、これまで以上に”あり得ない状況”に追い込まれたお陰で、やっと取り戻せた信仰心でした。信仰を失ってしまった自分の9世代前の過去世での体験から900年以上も経って・・・。しかし、まだまだ、自分の事柄で精一杯で、献身とはほど遠い状況のように感じています。しっかりと根強い「自我」が残っていて、「無私=神聖な存在(真の愛)のよい道具に徹すること」は課題です。

2018年4月5日のブログ記事<「我慢」では長続きしない?>でも書きましたが、我慢している状態で献身することは、ただ辛いだけで、長続きしないものですね。まずは、心の隅に溜まっている「不平・不満や批判」を浄化して、純粋性を高めるしかないように感じます。自分の狭い価値観で物事の善悪を判断したり、他者を変えさせようとしたりすることを止めるように心がけ、自分の魂の未熟さだけに集中するように意識し始めてから、不平・不満や批判する感情が少なくなり、精神的に楽になってきました。

以下の5項目の中で、自分の場合、まだ、無私が弱いと痛感しています。しかし、神聖な存在(真の愛)のよい道具に徹することができれば、自分の魂が望んでいることは、容易く達成できると思うので、まだまだ、自我の強い自分も認め、許し、愛せるように努力しながら、神(真の愛)の恩寵を勝ち取りたいと思います。

1.自己信頼:自分に内在する神聖な存在(真の愛)を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神聖な存在(真の愛)を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神聖な存在(真の愛)のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神聖な存在(真の愛)に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

今世の人生こそは、献身と信仰のオールを使えるようになって、無事に輪廻転生の海を横断したいものです。

Tadashi
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2019年02月03日

There is only one〜

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの中に「There is only one〜」構文のメッセージが続けてあったので、ご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 1]
There is only one God. He is Omnipresent.
*参考(意訳):神は、唯一あるだけで、同時にどこにでも遍在します。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 2]
There is only one caste, the caste of humanity.
*参考(意訳):社会的階級は、人間という唯一の階級があるだけです。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 3]
There is only one religion, the religion of love.
*参考(意訳):宗教は、愛という唯一の宗教があるだけです。

[Sathya Sai's Message for the Day:February 4]
There is only one language, the language of the Heart.
*参考(意訳):言語は、心という唯一の言語があるだけです。

世の中、いろいろなものが存在しているように見えますが、不変なものは「唯一」なのかもしれません。だから、マーヤ(幻)と言われるのだと思います。つい、表面的な現象に惑わされてしまって、不変なものを見失いがちですね。

これまで、どうでもいいマーヤ(幻)に翻弄された人生を過ごしてきたように感じます。しかも、今世を終えてしまえば、全て忘れてしまうのに・・・。なぜなら、自分の過去世で体験した様々な辛く悲しい体験でさえ、高江洲薫先生による過去世リーディングを受けるまで、すっかり忘れたままでしたから・・・。

Tadashi
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2019年02月02日

たかがスコーン、されどスコーン(その5)

こちらでは、学校の夏期休暇も終わり、勤務先のカフェも、常連のお客さん達が長期休暇から戻ってきて、通常のパターンに戻りつつあります。久々に「たかがスコーン、されどスコーン」のネタです。

今朝は、週末だったので、勤務開始が平日よりも30分遅く始まりました。オーナーは、いつも公式の開店時間より早く店を開けるので、それを熟知している常連のお客さん達は、私が出勤すると、既に店内でコーヒーを飲んでいることも多々です。

公式の開店時間に間に合うよう、チーズスコーンとデーツスコーンをオーブンに入れ、マフィンを作っていると、オーナーが厨房へやって来て、「チーズスコーンは、あとどのくらいで焼き上がるか?」と聞かれました。焼きたてのチーズスコーンが目当てのお客さんが来店されたのだと思いました。

週末の朝はお客さんの出足は遅いのですが、今朝はいつもと違っていました。スコーンを焼き上げてから1時間も経たないうち、オーナーから「チーズスコーンもデーツスコーンも売り切れた。」と言われました。至急、2度目のチーズスコーンとデーツスコーンを作りました。帰り際、キャビネットの中を覗くと、2個のデーツスコーンが残っているだけでした。

最近、ネガティブな言葉(辛い、悲しい、つまらない、悪口、愚痴、文句、不平・不満、泣き言、妬み、嫉妬など)の使用を避け、ポジティブな言葉(ありがとう、愛します、嬉しい、楽しい、幸せ、感謝します、許します 等)を使うように心がけてから、スコーンの仕上がりも変わってきたように感じます。やっぱり、前よりも「愛(=神)」を呼び寄せられているお陰だと信じています。

Tadashi

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2019年01月31日

現在は過去の結果であり、未来の元?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの「1月31日」のメッセージをご紹介します。

 [Sathya Sai's Message for the Day:January 31]
The present is a product of the past, but it is also the seed for the future.
*参考(意訳):現在は過去の結果であり、また、未来の元でもあります。


以前、高江洲薫先生から、「現在の状況は、過去の自分に責任があり、未来の状況は、今の自分に責任がある。」という話を伺ったことがあります。良くも悪くも、過去の自分の選択や言動の結果が、今の自分の状況だと感じます。また、因果応報、自分の言動は、全て自分に戻ってきますから、少なくとも、来世も含めて、未来の自分が苦しむような言動は避けたいと思います。

仮に、他者の目は誤魔化せたとしても、神(真の愛)の目は誤魔化しが利きませんね。なぜなら、神(=真の愛)は、自分の中にも、自分の周りにもいらっしゃるわけで、全てはお見通しです。世の中、「正直者は損する」と思っていましたが、実は、最終的には、不正直者が損するようになっているようですね。

Tadashi
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2019年01月30日

目先のことに翻弄されない秘訣?

自分が置かれている状況は、全てがマーヤ(幻)で、まるで「空に浮かぶ雲」のようにいつかは消えてなくなるものだそうです。しかし、気づくと、表面的な現象で一喜一憂してしまう自分がいます。このことへの対処方法が、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」の中にありましたので、ご紹介します。常に「神=真実の愛(無条件の愛)」の中にいれば、マーヤ(幻)に一喜一憂している暇がなくなるとは気づきませんでした・・・。

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(以下、転写)

今日の御言葉 2019年1月29日

真の帰依者(バクタ)は、常に神の中にいます。
彼は自分の幸せや不安を意識したり、感じたりする暇がありません。
彼の心にあるのは、神に到達したいという唯一の想いのみです。

            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成31年1月29日(火)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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最近、「常に神の中にいる」秘訣が分かってきた気がします。以前に、「ポジティブな言葉(ありがとう、愛します、嬉しい、楽しい、幸せ、感謝します、許します 等)」は「愛(=神)」を呼び寄せ、逆に「ネガティブな言葉(辛い、悲しい、つまらない、悪口、愚痴、文句、不平・不満、泣き言、妬み、嫉妬など)」は「愛(=神)」を遠ざけてしまうことをご紹介しました(ここで言う「愛」とは、「真実の愛(無条件の愛)」で、それが具現化した存在が宗教で言う「神」だそうです)。

当然のように、「真実の愛(無条件の愛)=神」の波動は高いですから、ポジティブな言葉で自分の心身の波動を高めれば、その波動に共鳴して「常に神の中にいる」ことになり、一方、ネガティブな言葉は、自分の心身の波動を下げてしまいますから、共鳴できず、結果として神の外に出てしまう原理ですね。かつて、自ら進んで神の外に出てしまうような言動を行いながら、神に対して不平・不満を言っていたかもしれません・・・。自分の未熟さを認め、許すことは、魂の成長には不可欠なようです。ただ、「真実の愛(無条件の愛)=神」は、未熟な自分を責めたり、批判することを望まないのだそうです。

積極的にポジティブな言葉を使い、なるべくネガティブな言葉を使わないように心がけるようになってから、周りの状況が変わってきたように感じます(そのように見えるだけなのかもしれませんが)。まだまだ、目先のことに一喜一憂してしまうレベルですが、以前と比べて心の平安を失うことが少なくなりました。

人生とは「神に到達するまで何度も繰り返すロールプレイングゲーム」だと思えば、深刻にならず、楽しめるようになれそうな気がします。深刻になりそうになった時は、「空に浮かぶ雲のようにいつかは消えてなくなるものだから、置かれた状況で最善を尽くすだけ」と考えるようにしたいものです。だから、「人間は生きているだけで100点満点」で、「乗り越えられない試練は体験しない」のですね。

また、どんな状況でもネガティブな言葉を使わず、ポジティブな言葉を使い続け、絶対に自らの意思で自分の命を絶ってはいけないことは、この「人生ゲーム」を無事にクリアする攻略法のようです。仮に、今世を終えた時、「自分の人生は失敗だった」と感じたとしても、何度も輪廻転生を繰り返した末、「実は、あの時の人生は、ある意味では成功だった」と気づくこともあります。

以前にも書きましたが、9世代前の自分の人生は失敗だったと思い込んでいました(その時、自信だけでなく、信仰心さえ喪失してしまったような結末でした)。しかし、視点を変えたら、実は成功していたと気づかされ、驚愕しました。また、他の世代でも、不幸な人生だったと思い込んでいたことでさえ、恵まれて幸せだった瞬間がなかったわけではないことにも気づかされました(過去世での因果を知っても意味がないという方もいらっしゃるようですが、自分の場合、9世代前の人生を終えた時、自ら作ってしまったネガティブなプログラムに影響されていました。私は、幸運にも、高江洲薫先生による過去世リーディングを受け、過去世での因果だけでなく、それを解消する言霊まで教えて頂けたお陰で、自信も信仰心も取り戻すことができました。自助努力も不可欠でしたけれども・・・。)

目の前のマーヤ(幻)は、自分の魂を成長させるために現れているだけで、自分の幸せや不安を意識する暇がったら、最終目的である「神に到達する」ために、今の自分は何をするべきかに集中したいと思いました。自分の場合、あとどれだけ輪廻転生を繰り返したら、神に到達できるのかは分かりませんが、逆に、到達できるまで、何度も繰り返すのであれば、今の仕事も、神に到達するために必要な体験を積む手段ですから、料理やベーキングの仕上がりに一喜一憂する暇はないように思えてきました。

Tadashi
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2019年01月25日

妬みと憎しみのあるところには至福は存在しない?

facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」に「妬み」と「不変の美しさ」に関する御講話が掲載されていたのでシェアさせていただきます。

(以下、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」から全文引用)

妬みという悪徳を持っていない人はめったにいません。妬みはほんのささいなことに対して生じることもあります。そして、妬みから憎しみが生まれます。憎しみを取り除くには、いつも愛を実践していなければなりません。愛のあるところには妬みと憎しみの余地はなく、妬みと憎しみのあるところには本当の至福(アーナンダ)はありません。この至福は美の中に現れます。「美しいものはつねに喜ばしい」のです。しかしこの美とは何でしょう?世界が美しいのですか?物質や物体が美しいのですか?これらは束の間のものであり、それらの美もまた束の間のものでしかありません。神のみが永遠です。ですから美しいと言うことができるのは神だけなのです。帰依者の第一の義務は、神の美を黙想することで得られる、歓喜の甘露を追い求めることです。それほどの歓喜を味わうための方法は、善良な性質を育て、悪い特質を捨て去ることです。
―1984年9月6日の御講話

(以上)

確かに、普通の人間なら誰でも、自分と誰かを比較して、背が高かったり、スタイルが良かったり、端整な顔だったり、技能が優れていたり、愛想の良い性格だったりすると、妬んでしまうものですね。でも、これらは全てマーヤ(幻)、永遠には続かない、つかの間のものに対して、妬んで憎しみまで抱くことはとても愚かだと気づかされます。

「神のみが永遠です。」とありますが、神は「真の愛(無条件の愛)」が具現化した存在だそうですから、本当に美しいのは、「真の愛(無条件の愛)」だけなのですね。いつも幸せでいるためには、妬みや憎しみなどの悪い特質は、感謝を持って神に捧げて手放し、自分の中の愛を「真の愛(無条件の愛)」へ近づける努力を続けることなのかもしれません。

最近、スコーンやマフィン、キャロット・ケーキ、アーモンド・ビスケットが美しく仕上がることが多くなってきました。一番の要因は、イライラしなくなったことだと感じます。いくら一生懸命に努力したとしても、イライラしながら仕事している限り、虚しい結果に終わるものなのかもしれませんね。「仕事を楽しむ」の本当の意味が、少し分るようになりました。

Tadashi
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2019年01月23日

真実の愛(神)は自分の中にいる?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの「1月23日」のメッセージをご紹介します。

 [Sathya Sai's Message for the Day:January 23]
God is in you. God is in every word of yours, every deed and thought. Speak, do, and think as befits Him.
*参考(意訳):神は、あなたの中にいます。神は、あなたのすべての言葉やすべての行為、すべての思考の中にいます。だから、彼(神)にふさわしく話しなさい、行動しなさい、考えなさい。

「神」は「真実の愛(無条件の愛)」が具現化したものだそうですから、「真実の愛は自分の中にいる」と捉えたほうが理解しやすいかもしれません。宗教的な「神」で捉えてしまうと、神は縁遠い存在と思いがちですから・・・。しかし、漠然とした「真実の愛」より、具体的な神の姿(仏陀でも、イエスでも、アラーでも)をイメージした方が、いつも守られ、導かれていることを実感しやすいように感じます。また、自分の中にいる神を信仰する限り、得体の知れない宗教団体に洗脳されたりする心配もないですからね。

まだまだ、自分の中に見える「愛」は、執着だらけで、無条件の愛とはほど遠いように感じてしまいますが、1つ1つ不要なものを手放し、心の純粋性を高めていけば、いずれは磨かれた宝石のように、「真実の愛(無条件の愛)」へ近づくものなのかもしれません。まずは、神に相応しくない言葉遣いや行動、考え方を見直すことから始めるしかないですね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年01月20日

食物は感覚や思考にも影響する?

以前のブログ記事「2018年09月22日:食に携わる自分へ肝に銘じたいこと。。。」でもご紹介しましたが、「Sathya Sai’s Message for the Day」という日めくりカレンダーの1月20日のページに、食べ物に関するメッセージがありましたので、ご紹介します。

 [Sathya Sai's Message for the Day:January 20]
Since food has a subtle impact on the feelings and thoughts of men, he has to be vigilant ever with regard to the food he eats.
*参考(意訳):食べ物は人間の感覚や思考に繊細な影響を及ぼすので、とにかく口にする食べ物について絶えず警戒しなければなりません。


食べ物は、身体("神"が宿る神殿)の中に入れるものですから、波動の低いものは避け、波動の高いものを摂るようにしたいものですね。食材の波動だけでなく、それを運搬する人、調理する人、配膳する人の波動、また、食事する場所の波動にも注意が必要です。

不平・不満や愚痴は波動を下げ、笑顔や感謝は波動を上げるそうです。・・・と言いつつ、今日は週末で、次々と料理の注文が入り、息つく間もなくヘロヘロな状態となり、笑顔でいる余裕がなくなってしまった未熟な自分がいます・・・。それでも、不平・不満や愚痴は、あまり言わなくなってきたので、少しは進歩している自分も認めることにします。

なお、食事の前にガヤトリーマントラを唱えると、食べ物のエネルギーが浄化されるそうです。私の場合、なかなか、ガヤトリーマントラを覚えられないので、食事の前に祈って(食べ物や作った方に感謝し、一旦、食べ物を神に捧げ、食べ物を清めて祝福してくださるようにお願いして)から食べるようにしています。

数年前に肉食と飲酒を止めてから(なぜか摂りたいと思わなくなり)、イライラしなくなったように感じます。肉やアルコールが思考に影響していたのかもしれません。ちなみに、我慢では長続きしないし、逆に波動を下げてしまうので、食べたいものや飲みたいものを我慢することはお勧めしません・・・。

Tadashi
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2019年01月18日

他者の粗探しを止める方法?

他者の粗探しを止めたい方に最適な方法が、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」の中にありましたので、ご紹介します。おっしゃる通りですね。。。

「欠点ではなく弱点」という言い方もあるようですが、いずれにしても、世の中で多くの人々(自分も含めて)が、自分が至らないところからは目を背け(否定して)、他者を批判しがちですね。何故なら、その方が楽だからに他ならないのですよね。

自分の未熟なところを認めて、許すことを徐々に進めるようになってから(当然、まだ、始めたばかりですが)、以下の意味が少しずつ分かるようになってきました。まさしく「鏡の法則」なのですね。

Tadashi

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(以下、転写)
今日の御言葉 2019年1月17日

他人の欠点を指摘する前に、自分を省みて、自分に欠点がないかどうか確かめなさい。
そうすれば、その権利が与えられます。
けれども、不思議なことに、あなたが他人に欠点を見つけるのは、あなた自身がその欠点を持っているときに限ります。
ひとたび自分の欠点をなくしてしまえば、すべては純粋で善良です。
あなたが触るものはすべて黄金になります。
それが神の愛の錬金術であり、神の愛であり、宇宙の愛であり、愛のための愛なのです。
            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成31年1月17日(木)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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2019年01月17日

「神の恩寵」は無制限の「保険」?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの「1月17日」のメッセージをご紹介します。

 [Sathya Sai's Message for the Day:January 17]
The grace of God is like insurance. it will help you in your time of need without any limit.
*参考(意訳):神の恩寵とは、保険のようなものです。あなたが必要な時、無制限であなたを助けるでしょう。


保険は掛け金を払って保険金を受け取るものですが、いろいろな制約があったり、無限ではないですよね。しかも、お金では買えないものもあります。一方、神の恩寵は、無償で無制限ですから、とてもありがたいですね。

日本を離れて暮らし始めてから、いつもいろいろな方々に助けられ、ここまでたどり着けました。つい、自分だけで成し遂げたように勘違いしがちですが、全ては神の恩寵だったと気づかされます。確かに、自助努力は不可欠で、ただ神頼みだけでは、何も達成できるものではありません。しかし、最後は、神の意志によるものだと感じます。また、「神の時」を待ち続けることも必要ですね。

仮に、自分の思い通りにならないことがあった時、不平不満や愚痴を言い続けるか、そうではなく、自分の未熟さを省みて、自分とは異なる価値観があることに気づくために与えられた「神の恩寵」として心から感謝するかで、全く異なった人生になるものだと痛感しています。今、振り返ると、不平不満や愚痴を言い続ける人生は、とても不幸で勿体なかったと思います。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年01月15日

年明け早々に風邪?

昨年10月、花粉症が再発したかと思ったら、風邪だったことを書きましたが、先日、またもや風邪を引いてしまいました。前回は、幸いにも症状のピークが休みでしたが、今回は、あいにく勤務日の真っ只中でした。

当初、ひどい頭痛と発熱で、熱中症のようでしたが、次第に咳、クシャミ、鼻水と風邪の症状に変わりました。しかし、風邪をこじらせて肺炎で入院したこともあるので、油断大敵でした。

欠勤できる状況ではなく(人員の関係で、平日に交代して休みを取っているため、自分が病欠すれば、相方の休みが無くなるか、厨房をしめるしかない状況)、自力ではどうにもならないので、帰宅後は最大限に身体を休めつつ、欠勤しないで済むように祈り続けました。

まるで、「命を使っても惜しくはないか?」と問われているように感じました。答えは、迷うことなく「Yes!」でした。何故なら、オーストラリアでの主夫時代、食べてくださる方々の笑顔が自分に喜びをもたらすと気づかされ、50を目前に食の道へ進むことを決心したからです。まだ道半ばですが、あの時の決心は、今でも変わりません。

夜間に高熱になり、早朝には平熱に戻り、帰宅後に体温を測ると高熱になっている日が数日間続きました。こちらでは夏期休暇の時期のため、平日でも来客数が増え、いつもより厨房も大忙しで、2人体制の週末より、1人体制の平日の方が気が抜けませんでした。金曜日に焼き上げたケーキや菓子類は、日曜日には品薄になっていましたが、週末に、それを補充する時間はありませんでした。

今回、体調管理の重要性を思い知らされました。正月休みの際、いつもより食べ過ぎたり、外出時に強烈な日差しに当たりすぎたり、寝苦しい夜も続き、体力が弱っていたかもしれません。こちらは、真夏でも明け方は肌寒いくらいで、湿度も低いため、うっかりすると風邪を引きやすくなります。同僚から夏風邪が流行っていると聞きました。

今回も、無事に乗り越えることができたことに感謝したのは言うまでもありません。また、自分ではどうにもならない状況になった時は、全託(全ての判断を神聖な存在(真の愛)に託すこと)が得策だと感じました。もし、自分で何とかしようとしたら、不安や恐怖でとても辛く、苦しくなったことでしょう。しかも、自分を信じないだけでなく、自分を非難したり責めていたら、今頃、大変なことになっていたかもしれません。

Tadashi

<参考記事>
posted by T&H Therapeutic Healing at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 主夫の生活

2019年01月13日

「愛」と「私欲(自我)」は共存できない?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの「1月13日」のメッセージは、昨日、ご紹介した同カレンダーの「1月12日」のメッセージに関連しているので、今日もご紹介します。

 [Sathya Sai's Message for the Day:January 13]
Love is selflessness; self is lovelessness.
*参考(意訳):愛とは無私、無欲ですが、私欲(自我)とは愛のないことです。


昨日の英文のメッセージと同様に、まるで韻を踏んで書かれた詩のようで、英文のままの方が心に響く気がしますね。
また、昨日と同様に、文面から「愛」とは「真の愛(=無条件の愛)」だと分かります。それから、昨日は「self」を「私欲」と和訳しましたが、前後関係から、今回は「自我」の意味も含めました。

昨日も書きましたが、我々に分かりやすいように「真の愛(=無条件の愛)」が具現化した存在が宗教で言う「神」だそうですから、以下の5項目のどれが欠けても「心の平安(=真の愛で満たされている状態)」は保てないわけですね。以前も書きましたが、自分の場合、サティア・サイババ様のお写真に救われてから、信仰心が高まり始めたように感じています。

1.自己信頼:自分に内在する神聖な存在(真の愛)を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神聖な存在(真の愛)を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神聖な存在(真の愛)のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神聖な存在(真の愛)に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

例えば、自信がない(実は、かつての自分がその通りでしたが・・・)とは、自分に内在する神聖な存在(真の愛)を信じず、それにより守られていることも信じていない状態ですから、不安や恐怖で辛かったわけですね。また、信仰心も、何か特定の宗教団体に洗脳されてしまうような勘違いをしていました。自分に内在する神聖な存在(真の愛)を信じて仰ぎ見ないことは(いつも自分の魂を守り導いてくださっているにも拘わらず・・・)、何と失礼だったかと・・・。自愛も、ありのままの自分を受け入れる努力により、「真の愛(=無条件の愛)」を学習するのですね。

人生とは、自分の魂の中の「私欲(自我)」を減らし、「真の愛(=無条件の愛)」だけになるまで、何度も輪廻転生を繰り返すのかもしれませんね。一方、自我がなかったら人間ではないとも言えるかもしれません。焦らず、慌てず、でも、諦めないで、自分の言動を省みることを怠らず、今世の自分に残された時間を大事に過ごしたいと思います。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年01月12日

「愛」と「私欲」の「存続条件」?

「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの「1月12日」のメッセージをご紹介します。

 [Sathya Sai's Message for the Day:January 12]
Love lives by giving and forgiving; self lives by getting and forgetting.
*参考(意訳):愛は与えて許すことで存続し、私欲は得て忘れることで残る。


「giving(与えること)」と「forgiving(許すこと)」、「getting(取得)」と「forgetting(忘れる)」と、英文を見えると、まるで韻を踏んで書かれた詩のようです。

ここの「愛」とは「真の愛(=無条件の愛)」を意味していると思いますが、何をされても、何を言われても、与えて許さなければ、存続できないものなのですね。

しかし、一般人にとっては、いきなり、全人に対してできるものではないですから、まずは、配偶者を相手に練習を積ませていただいているように感じます。まだまだ、家内に対して、執着だらけの自分がいますので(過去世での関係もあり)、今世のうち、1歩でも「真の愛(=無条件の愛)」に近づけるように精進中です。

また、「私欲」については、人生において、何か欲しいものがあっても、一旦、買ってしまうと忘れてしまうことさえありますから、自分への戒めとして、忘れないようにしたいです。

結局、「真の愛(=無条件の愛)」を育て、「私欲」を減らすことが、どんな状況でも幸せでいられる秘訣のように感じるこの頃です。何故なら、「真の愛(=無条件の愛)」とは、宇宙の大いなる存在そのもので、宗教で言う「神」とは、「真の愛(=無条件の愛)」が人間に分かりやすいように具現化したものだそうですから。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉