2018年08月19日

もうすぐプロ修業4年

ここオークランドにあるカフェの厨房で働き始めて4年が過ぎようとしています。
以前にも書きましたが、約1ヶ月前から、1日2回、チーズスコーンを焼く日々が続いていました。昨日と今日は、1回目も2回目も、焼き上がりから数時間で完売し、午前中に3回目を作りました。

「2017年01月08日:最近の状況」で書きましたが、私が信仰する存在から、以下のメッセージをいただいていました。
「正しいのは、一つの勤め先に三〜四年間は留まることです。そうすれば、あなたの仕事はおのずと評価されるでしょう。」
毎日、毎日、4年近くも、チーズスコーンを作ってきましたが、徐々に「評価」されるようになったと感じます。今、振り返ると、全て、この地でシェフ兼ベーカーとして働くためにあったように感じています。

10代の頃、男のくせに、調理も好きでしたが、製菓の方がもっと好きでした。50歳を目前に、留学を決心したのも、調理だけでなく製菓も習得できるコースだったことが大きく影響しています(ちなみに、現在、両方を取得するコースは無くなっています)。そして、どのような食の提供を目指しているのかが、自分の中で明確になった時、50歳を過ぎて経験もない自分が、今の職場で働けるようになりました。

キッチンハンドからのスタートでしたが、1ヶ月ほどでベーカーとして働くようになり、その後、シェフ兼ベーカーとなりました。前の経営者の時は、今よりも店が暇で、自分にとって、慣れるために最適だったと思います。経営者が替わり、ベーキングの傍らに料理を手伝う形に変わりました。しかし、昨年10月から、平日2日間、単独で厨房を切り盛りするようになりました。そして、2回ほど、約1ヶ月間、週末だけ臨時シェフの手助けがあったものの、食材の発注・管理から調理に至るまで、単独で担当する経験もありました。現在、シェフの仕事の合間に、ベーカーの仕事を行っている状況です。

去年よりも店が忙しくなる中、シェフの人員は減っているので、負荷は高まっていますが、忙しさを「楽しむ」コツが分かってきた感じです。少し前までの、疲労困憊する感覚はなくなりました。多くの聖者と言われる方々は、「いつも幸せでいなさい」とおっしゃいます。「そうしたいけど、なかなか無理」と周りの状況を理由にしていた自分がいました。

しかし、「現実」というマーヤ(幻)の空間で、ただ、ロールプレイングゲームをやっているだけだと思えば、とても深刻になる必要はないと気づかされました。しかも、今世の自分の「キャラクター(プレイヤーキャラクター)」は、生まれる前に、自分の魂が望んで決めたもの。言い換えれば、「この自分の顔・体と心でも幸せに生きる」と自分で決めたのですよね(「自分のここがいやだとか、許せないとか」言っている場合じゃないと・・・)。

それから、エネルギー(気)を低めること(自分や他者に対する批判や不平・不満、心配)は減らし、高めること(感謝、笑顔)を増やすように心がけるようにしています。エネルギー(気)は、物質の波動としてとらえると、分かりやすかったです。同じ労力を使ったとしても、波動が高いか、低いかで、結果は全く違う気がします。最もショックだったのは、自分の波動が低いと、周りの迷惑になるということです。

高江洲薫先生から教わったエネルギーを高めるワークの中に、「頭は良いことを考え、目は良いものを見て、鼻は良い香りを感じ、口は良い言葉を発し、耳は良いことを聞き、両手両足は良いことのために使い、ハートを愛で満たし、お腹を喜びで満たす」というものがありますが、波動を高める上で不可欠だと気づかされました。

また、人生は、自分の至らなさを省みて、それを受け入れた上で、慈愛の心を育むように自助努力し続けていると、「宇宙の法則」や「大自然の法則」で言われているように、まるで大いなる存在(宗教で言う「神」)からの力を受けやすくなるということに気づかせるためにあるように感じています。

あと1年、シェフ兼ベーカーとして修業し、5年間の実務経験を積んだら、いよいよ、次の段階へ進もうと考えています。確かに良いことを考えると、なんだかわくわくしてきますね。50歳を過ぎて、やっと「人生の荒波」を「楽しむ」覚悟ができてきたような・・・。

Tadashi

参考記事

Tadashi
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2018年08月07日

紹介:親の「老い」を受け入れる

今回は、医師である長尾和宏さんによる”親の「老い」を受け入れる”という詩をご紹介します。
数年前、YouTubeの動画で知りましたが、いつ見ても涙が止まりません。

いくら、「肉体は失われても魂は永遠」と言われても、今の私には、魂が見えませんし、魂と対話もできませんから、近づいている親との別れに、複雑な心境です。覚悟しているつもりでも、まだまだ、覚悟が足らないのかもしれません。ましてや、自分の肉体との別れは、なおさらのことです。

まずは、執着だらけの自分も認めて、許して、愛することから始めるしかないですね。

Tadashi


老いるということ
親が老いていくということ
それは、何度も同じ話をするということ
何度も同じことを訊いては、
あなたを苛々させるということ

親が老いていくということ
それは、自信がなくなるということ
自信がなくなるけど、
子どもにだけは強がっていたいということ

親が老いていくということ
それは、歩くのが遅くなるということ
膝や腰が常に痛いということ
低気圧がくるだけで
動くのがしんどい日があるということ

親が老いていくということ
それは、食べる量が減るということ
噛む力が弱まるということ
でも食べたい物を食べさせるのが
一番の健康法であるということ

親が老いていくということ
それは、もう生きているのは嫌
早く死にたいと言い出すということ
だけどあなたに迷惑をかけたくない気持ちと
裏腹かもしれないこと

親が老いていくということ
それは、トイレが近くなること
夜中にトイレで起きるということ
尿道も肛門もゆるむから
ふとしたときに漏らすということ

親が老いていくということ
それは、歩行や食事が遅くなったり
トイレに失敗したときでも
子どもにだけは怒鳴られたくない
怒られたくないということ

老いるということ
親が老いていくということ
それは、言葉が咄嗟に
出なくなってくるということ
言葉が出なくなっても、
心の中に想いはちゃんとあるということ

親が老いていくということ
それは、周囲の友人や
愛している人や犬や猫が
徐々にこの世からいなくなって
どんどん不安になるということ

親が老いていくということ
それは、不安である分、
あなたのことが気がかりだということ
あなたの電話をまっているということ
声が聴きたいと願うこと

親が老いていくということ
それは、萎んでいくこと
小さくなっていくということ
小さくなって軽くなって
それでもあなたの親であるということ

親が老いていくということ
それは、お別れの日は少しずつ
近づいてきているということ
親がどんなお別れを望んでいるか
察してあげること

親が老いていくということ
それは、うとうとする日が
多くなってくるということ
この世とあの世の境目が少しずつ
曖昧になってくるということ

親が老いていくということ
それは、命の仕舞い方を、
あなたに教えてくれているということ
あなたもいつかこうなるのだと
それは最後のプレゼント
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2018年08月06日

何かを許すことは、結局は自分のため?

結局、先週は、ほとんど毎日のように早い時間にチーズスコーンが完売し、2度目を作る日々でした。特に、先週末、朝方は料理の注文が少なくて、暇なのかと思いきや、スコーンだけは完売する不思議な状況でした。ある意味では、料理の注文で忙しくなる前に、2度目のスコーンを作ることができたので、心の平安を保ちやすかったです。過去に、スコーンを作っている最中に料理の注文が集中することもありましたから・・・。

相変わらず、以前の自分でしたら、「あり得ない!」と憤慨することは少なくありませんが、心の平安を乱されることは少なくなりました。しかし、別に「悟り」を開いたわけでもなく、心が広くなったわけでもありません。日々の生活の中で、「許せないことが多いと自分が辛くなる」と痛感するようになりました。それは、「許せない」と思い続ける限り、エネルギー(気)が重くなり、一生懸命に頑張っても疲れるだけで、上手くいかず、結局は、自分が損するからです。

「あり得ない」と感じることをされる自分のことも、それをする相手も、許せるように願い続けました。悔しくて涙が止まらない体験は、もう十分に体験しましたから・・・。6年前のブログ記事:[夢の中で「許し」]にも書きましたが、なかなか、現実生活で実践することは容易ではないですね。あり得ない状況に追い込まれつつ、1つ1つ、不要なエネルギーを手放し続けた結果が、最近の状況に反映されている気がします。スコーンだけでなく、他のケーキや菓子類の売れ行きもよくなり、作る頻度が格段に増えました。そして、冬場の閑散期にも限らず、去年よりもカフェが忙しくなっています。

It's all coming back to me now」という楽曲がありますが、全ては自分が発したエネルギーの反響・反映、良くも悪くも、全てが自分に戻ってくるものなのかもしれませんね。これまで、「何かを許すことは、結局は自分のためなる」という発想は、皆無でした。過去世でも、いつまでも、何かを恨み、悲しみ続けても、決して、幸せにはなれなかった体験は、幾度となく繰り返していましたからね。

Tadashi
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2018年08月02日

たかがスコーン、されどスコーン(その4)

昨日と今日は、単独で料理の注文に対応する日でした。今朝は、朝食の注文が続き、息つく間もないくらいでした。そして、今朝も早い時間にチーズスコーンが売り切れとなりました。オーナーは、2度目のチーズスコーンを作ってほしそうでしたが、私が料理の注文に追われているのを見て、口には出しませんでした。

料理の注文に対応しながら、明日以降のスコーンとマフィンの事前準備を済ませ、やっと落ち着いたのは午前10時頃でした。2度目のチーズスコーンを作る時を逃したかと思いましたが、午後のお茶に召し上がるお客さんもいるかもと思い、空き時間を見て、素早く焼き上げました。2度目のチーズスコーンを見て、オーナーが嬉しそうでした。

それから30分も経たないころ、2度目に焼き上げたチーズスコーンのうち半分が売れたと知らされ、驚きました。また、スコーンを食べたお客さんが笑顔になると知らされました。ある時、残り1個のチーズスコーンをめぐって、お客さん同士で口論になったこともあるとか・・・。それから、毎朝、スコーンを買ってくださるあるお客さんは、いつも昼前に来ていたのが、売り切れてしまうようになってから、朝一番に来るようになったとか・・・。

これらの話を聞いて、今日、ちょっと無理してでも、2度目を作って良かったと感じました。なぜなら、他者の喜びを通じて、自分の喜びが倍増する体験を重ねているからです。注文伝票を見間違えたり、ケアレスミスもありましたが、置かれた状況で最善を尽くせたと思うので、最大限に働いてくれた自分の心身を責めることなく、感謝したいと思います。同じ状況がいつまで続くのかと思うと、気が遠くなりそうですが、1日、1日、終わりに近づいていると考えると、今を大事に過ごさなければと感じるこの頃です。

Tadashi
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2018年07月29日

ニュージーランドの永住権が確定しました

以前にも書きましたが、2016年4月、家内を筆頭申請者として申請していたニュージーランド在住許可が承認されました。そして、2年間が経過し、永住許可の要件を満たしたため、先月、ようやく永住権が確定しました。前のビザシールは「Resident Visa」でしたが、今のビザシールは「Permanent Resident Visa」となりました。

家内にとってはオーストラリアの永住権取得を目指してから約12年、私にとっては家内をサポートするために日本を離れてから10年間。こんなに時間とお金が掛かるとも、オーストラリアではなくニュージーランドになるとも、ましてや、自らが40代後半で料理・製菓・製パンを学ぶために留学し、50歳を過ぎてから、現地のカフェでシェフ兼ベーカーとして働くようになるとも、全くの想定外でした。

家内が筆頭申請者としてニュージーランドの在住許可を申請し、予備申請は直ぐに通ったものの、当初、本申請から6ヶ月間で処理されるはずが、1年以上掛かり、忍耐の日々でした。しかし、申請後に、基準が厳しく改定されたため、もし、自力で申請しようとしていたら、途中で断念しなければならない状況になっていた可能性もありました。

実は、オーストラリアで一緒に暮らし始めて間もない頃、ハネムーンで、ニュージーランドの北部、ベイ・オブ・アイランドを訪れました。それは、高江洲薫先生から、ポリネシアへ行くことを勧められていたからでした。ポリネシアは、我々夫婦が過去世で兄弟だった場所でした。大自然は我々の魂を覚えていて、一緒に訪れると、大自然が祝福してくれるという話でした。

今、振り返れば、ポリネシアの大自然から祝福された結果、ポリネシアからの風が吹く場所(オーストラリアのサンシャインコースト)から、ポリネシア(ニュージーランドはポリネシアの一部)へ導かれたのかもしれません。また、高江洲薫先生のお話では、オーストラリアは守りのエネルギーに満たされた場所だそうです。安全に守られた環境(スクーバーダイビングで言う「限定水域」)で海外生活に慣れた後(私は約4年間暮らしましたが)、いよいよ、外洋(ここオークランドは、外洋に囲まれた島みたいな地形です)で本チャレンジが始まるようになっていたのかもしれません。

確かに、単身でこちらに来てからは、料理学校でも、職場でも、ブチ切れそうになることは数知れず、悔しさや情けなさに涙があふれることは当たり前、愚痴を言ったり、八つ当たりする相手もなく、もう十分過ぎるほどの体験でした。しかし、高江洲薫先生から、「今世の私の人生は、短気を起こせば問題となり、努力・忍耐すると成功するように星回りを選んで生まれてきた」ことを教えて頂いていたので、最善を尽くすことができました。

そのような状況の中、魂を成長させるために不可欠な5項目:「自己信頼(自分に内在する神聖な存在を信じて頼ること)」、「信仰心(自分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ見る心)」、「無私(神聖な存在のよい道具に徹すること)」、「全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)」、「自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」に気づかされ、1つ1つ、実行し続けた結果が(当然、まだまだ、不完全ですが・・・)、今の状況に反映されている気がします。

もし、あのまま、オーストラリアの永住権が取れていたら、己の魂を成長させる機会を失い、何が大事で、何がどうでもいいことかにも気づく機会を失い、結果として、とても不幸な人生になっていたのかもしれません。そのようにならないよう、確実に導いてくださっている存在と、肝心なところでは望ましい方向を選んでいる自分の魂に感謝したいと思います。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年07月28日

たかがスコーン、されどスコーン(その3)

昨日と一昨日は、早い時間にチーズスコーンが売り切れとなり、2度目めに作ったチーズスコーンも完売しました。今朝は、チーズスコーンだけでなく、デーツスコーンも、早い時間に完売してしまいました。何とか時間を見つけて、チーズスコーンだけ、2度目を作りましたが、すぐに完売していました。マフィンも同様に、午前中に完売していました。旧経営の時、売れ残りのスコーンやマフィンは、スタッフミールとして無料で食べることができていました。最近では、売れ残りを食べる機会は皆無で、残念な気がしますが、ありがたいことだと感謝しています。

以前にも書きましたが、カフェで出しているスコーンは、英国風の一見、パンのような見た目で、中はフワフワで、外側はカリカリに仕上げなければなりません。料理学校で習ったスコーンは、日本でもお馴染みのサクサクした食感のものでしたので、なかなか、コツをつかむまで苦心の連続でした。なんとか、毎回、同じように仕上がるようになってきました。同じように作っても、オーブンが違うだけでも、仕上がりが異なるので、たかがスコーン、されどスコーン、奥が深いと感じています。

カフェのお客さんは、スコーンを横にスライスして、トースターで小麦色に焼いて食べるのがお好きな方が多くて、作るだけでなく、焦げる直前までいい色になるまでトーストすることにも苦心しています。細かいことをキチキチすることは苦手ではない方なので、この仕事は自分に向いているのかもしれません。まあ、言い換えれば、今世は、この仕事をするために、このような性格を選んで生まれたのかもしれません。もし、これが、細かいことが苦手な方だったら、苦痛以外の何ものでもないですからね。

完璧ではない者同士、フロアーのスタッフも含めて、みんなで助け合いながら、仕事をこなしています。以前は、相手の至らないところばかりが目について、自分だけが頑張っているように思え、苦痛な時期もありました。時間に追われて、ストレスフルな状態は変わりませんが、徐々に、「仕事を楽しむ」という意味が分かりつつあります。何事も永遠に続かないからこそ、今の状況にどれだけ感謝しつつ、どれだけ最善を尽くせるかを試されているように感じます。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年07月27日

たかがスコーン、されどスコーン(その2)

早いもので、来月の末で、プロ修業も4年になります。以前に「たかがスコーン、されどスコーン」で書きましたが、スコーンが大好評になってきました。ありがたいことに、早朝の焼きたてスコーンを目当てに、来店される常連のお客さんもいらっしゃいます。

昨日は、開店して1時間程度でチーズスコーンが完売してしまい、オーナーから追加で作るように依頼がありました。しかし、あいにく、昨日は単独で料理を担当する日で、しかも、料理の注文が次々と入り、やっと落ち着いたのは昼近くになり、断念せざるを得ませんでした。

今日は、平日で唯一、2人体制の日で、ベーキングに専念できる日でした。昨日と同様に、早い時間にチーズスコーンが完売したので、他のベーキングを仕上げる合間を見て、2回目を仕上げました。オーブンから出して、粗熱を取っている最中に1個が無くなっていて、変だと思ったら、売れたようでした。

結局、焼き上げてから数時間で、2回目に焼いたチーズスコーンも完売していました。いくらベーキングに専念できるとは言え、料理の注文が殺到すれば、手分けして仕上げなければならず、ベーキングの方も、まだ、今日中にやらなければならないことが残っていたので、3回目は断念しました。帰り際、キャビネットの中をのぞくと、デーツスコーンもマフィンも完売していました。

以前、高江洲薫先生が「全てはエネルギー力。技術的なものは、いくらでも後から付いてくる。」とおっしゃっていたことを覚えています。エネルギー力とは、鍛えて高めるものではなく、己の魂の中にある不純なもの(ネガティブなもの)を取り除き、純性を高めることだそうです。1つでもネガティブなものを手放せると、とても身軽になり、本来の自分が与えられた力を発揮しやすくなるシステムのように感じます。

スクーバーダイビングでは、浮力を調整するために重りを付けます。最初の頃は、潜降しやすく、浮いてしまうこと防げるように感じ、必要以上の重りを身につけがちです。しかし、徐々に慣れてくると、少しの重りでも大丈夫になり、浮力のコントロールがしやすくなり、水中での自由性が高まります。

スクーバーダイビングと同じだと思います。まだまだ、減らせるネガティブなものが残っていますから、さらに減らして、身軽になりたいです。いろいろな執着や愛着も、とても重苦しいものですね。頭では、今世の自分の肉体でさえ、いつかは空に浮かぶ雲のように消えて無くなる存在と分かっていても、魂にまで届くためには、それなりの自助努力が不可欠のように感じます。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年07月23日

大いなる存在に守られている?(その3)

前回の続きです。
長距離バスでの交通事故に遭った後、大した怪我はなくても、何か違和感を覚えるようになりました。交通事故の衝撃で、オーラが歪むと聞いたことがあったので、高江洲薫先生から教わった、自分のオーラを整えるエネルギーを行いました。それにより、オーラが波打つような感覚は解消しましたが、胃に違和感がありました。

最初は、昼食にフィッシュ&チップス(結構、大盛りでした)を食べて、胃がもたれていると思っていました。実は、ここのところ、仕事による過労で胃袋が弱り気味で、少しスパイシーな食べ物でも胃痛がしていたので、特にも気にとめることもありませんでした。それから、いつもは、乗り物酔いすることは少ないのですが、帰路の車中、車酔いが酷くて戸惑いましたが、これも、疲れているからだと思っていました。

それから数日後、私の胃から背中にかけて、霊体が入っていることを知らされました。高江洲薫先生のお話では、ニュージーランド人の男性(高江洲薫先生は、その方のお名前まで教えてくださいましたが)で、奥様と死別された後、寂しい思いで、ご自身も胃ガンを患い亡くなられたそうです。たまたま、同じバスに乗り合わせた他の方に付いていたものが、交通事故の衝撃で、離れて私の方に付いてしまったようでした。その男性だった方は、クリスチャンだそうで、高江洲薫先生が、その方に、天国へ戻られるように伝えてくださり、その方は、とても素直な方だそうで、その通りに戻られたそうです。

高江洲薫先生は、通話だけで、以上のことを透視し、的確に対処してくださいました。とてもありがたいことだと思ったら、その後、号泣してしまいました。また、鏡越しに自分の顔を除くと、「以前の自分の顔」だと感じました。このところの過労で「疲れている」だけでなく、「(霊体に)付かれて」いたとは、夢にも思いませんでした。

大いなる存在は、真の愛(無条件の愛)が具現化したもので、全ての魂に内在しているそうです。大いなる存在が、高江洲薫先生を通じて、私を助けてくださったのだと思いました。今回の体験は、目には見えない存在があることを、私に再確認させるためだったように感じます。

大いなる存在からの守りを完全に受け取れる秘訣が、徐々に分かってきたように思います。その秘訣とは、どのような状況でも、慈愛と感謝の気持ちを保てるかどうかかもしれませんね。一方で、人間の都合で決められた正義感によって善悪を判断し(他者だけでなく自分自身も)、一方的に非難・中傷しようものならば、「それは違う」と気づくまで、大いなる存在からの守りを受け取れなくように感じます。

サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」で、2018年7月22日は、以下の通りでした。大いなる存在は、我々が「悲しみ」と「幸せ」と呼ぶものの間に相違を見ないのだそうです。全てが、自分のためにあると考えられるように祈りたいと思いました。

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(以下、転写)
今日の御言葉 2018年7月22日
何であれあなたが見て、聞いて、経験するものは、すべて人類の安寧のためです。
一部の人々は、神がもめごとと悲しみを与えたと文句を言います。
けれども神は、あなたが悲しみや幸せと呼ぶものの間に相違を見ません。
人はいつでも、悲しみであれ、幸せであれ、すべては自分のためと考えるべきだと、私は繰り返し強調してきました。
この真理を実感することができないために、人はあらゆる類の辛苦を経験するのです。
人は、神の創造物の基底にある真理を認識しようと努めなければなりません。
            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成30年7月22日(日)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年07月19日

大いなる存在に守られている?(その2)

前回の続きです。
昼食後、事前にネットで予約していた宿にチェックインしようとすると、なんと、来週の同じ曜日で予約されていたことが発覚・・・。念のために紙に印刷していた控えを見ると、確かに日付が来週になっていたのです。自分のことながら、心の中で「ありえない!」と叫びながら唖然としてしまいました。最近、仕事の疲れなどで、注意散漫ぎみだったかもしれませんが、自分の不完全さを受け入れるしかありませんでした。

幸いにも、1部屋だけ空きがあり、宿側のご厚意で、宿泊することができました。しかし、予約サイトのシステム上、予約の変更ができないため、再度の現地支払いが必要でしたが、サイト上の料金よりも安くしてくださいました。そして、ネットで予約した分は、後日、電話の手続きで、全額が返金されました。これは、全ては大いなる存在の恩寵だと感じました。

後日、「Sathya Sai’s Message for the Day」という日めくりの7月18日のページには以下のメッセージを見つけました。

「God is omnipotent, all powerful. God is omnipresent, present everywhere. God is omniscient, all knowing.」

以下のような意味になると思います。
「神は全能で強力である。神は遍在し、どこにでも存在する。神は全知で、全てを知っている。」

前にも書きましたが、宗教で言う「神」は、「真の愛(無条件の愛)」が具現化したものだそうですから、自分の魂に、その「愛」を満たしていれば、どこにいても、常に全能で強力、全知な「神」と一緒なわけですから、とても心強いです。
しかし、「全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)」できないで、自分だけで何とかしようとする限り、大いなる存在からの守りを受けられなくなることも、忘れないようにしたいものですね。また、自分や他者を批判したり、卑下したりも同様ですが・・・。そして、何よりも、不完全な自分も含めて、「自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」を目指し続けているかも、確かめられているのだと感じます。

かつて、自分の不完全なところを見ないようにして、ただ、完璧を目指し、自分や他者を批判し続けていた頃があります。頑張れば、頑張るほど、状況が悪化する体験があるからこそ、今のとの違いに気づけるのかもしれません。

長距離バスでの交通事故に遭っても大した怪我もなく「めでたしめでたし」だけでは、終わらなかったのです。目には見えない事柄から、人々は多大な影響を受けていることを知ることができました。この続きは、次回にお伝えしたいと思います。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2018年07月18日

大いなる存在に守られている?

先日、目に見えない大いなる存在に守られていると思わざるを得ないことを体験しました。実は、乗車していた長距離バスが、交通事故を起こしたのです。目を閉じて音楽を聴いていた時、物凄い衝撃を感じて目を開けると、丁度、前席の側面にある窓ガラスが砕け散るところでした。

丁度、冬休みの時期のため、バスはほぼ満席で、シートベルトがありませんでしたが、不幸中の幸い、重傷者はいませんでした。私自身は、両足の向こうずねを前座席の角にぶつけ、左側はかすり傷、右側は青あざだけで済みました。交通事故の衝撃で、バス前方の昇降口の部分が変形し、降車しにくい状態でしたが、全乗客が冷静沈着に車外へ出ることができました。

約30分で目的地に着くところでしたが、山道だったので、しばらく足止めされることを覚悟していました。真冬のニュージーランドは、天候が変わりやすいのですが、幸いにも、当日は、朝から晴れて、風もなく、穏やかな日でした。また、運良く、たまたま、後続にいたマイクロバスのドライバーが乗客の輸送を申し出てくださり、昼過ぎには、目的地に到着することができました。

後日、「Sathya Sai’s Message for the Day」という日めくりの7月15日のページには以下のメッセージを見つけました。

「If you feel you are hundred per cent dependent on God, he will look after and save you from harm and injury.」

以下のような意味になると思います。
「もし、あなたが神に100パーセント頼っていると感じるのなら、神があなたの面倒を見て、危害や傷害からあなたを守ります。」

今回の体験は、常に大いなる存在に守られていることを体感するためだったのかもしれません。改めて、「全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)」が重要だと感じました。しかし、「自分に内在する神聖な存在を信じて頼ること(自己信頼)」と「自分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ見る心(信仰心)」をなくしては、全託することは難しいことも付け加えさせていただきます。

これには、後日談もありますが、それはまたの機会にでもご紹介させていただきます。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2018年06月28日

辛い時に頑張る勇気をもたらす本(その2)

以前、「過去世リーディング(著者・高江洲薫)」をご紹介させていただきました。今回は、今年2月に出版された「失われた魂の記憶を取り戻す旅・ミッシングリンク(著者・高江洲薫)をご紹介させていただきます。

私の心に響いた箇所を同書の「第1章 起こることすべてに意味がある」から、以下の通り引用させていただきます。

(同書:53頁)
“人生では、絶望の淵に立たされ、自らの命を投げ出したくなることがあるかもしれません。それでも、自分を愛することは決してあきらめないこと。この唯一の条件さえ守っていれば、のちの人生で大きく輝いていくのです。”

(同書:54頁)
“自分の人生を真正面から受け入れ、その後に大きな変革を遂げるためには、絶望を体験する必要があるのかもしれません。よほどの出来事が起こらなければ、人は命がけで魂の成長を求めようとはしないのでしょう。”

(同書:55頁)
“いずれにしても、悩み苦しむ渦中においては、「起こることすべてには意味がある」とは信じられないかもしれません。それでも、与えられた試練は成長のための導きであると受け入れれば、間違いなく人生の転機は起こるのです。”

かつて、私が辛かった時期、高江洲薫先生にお目に掛かっただけで、何も話していないうちから、自分の辛さを全て分かって頂いたような感じになり、涙が止まらなかったことがあります。それは、この著書の中でも紹介されていますが、ご自身が自宅の火災事故で大火傷を負われただけでなく、目の前で最愛の奥様と幼い娘さんも失われたという辛い体験をされているからなのかもしれません。体験したことがなければ、他者の辛さは理解できないものですからね。

もし、高江洲薫先生に出会っていなかったら(自分の魂が切望した結果だとは思いますが)、家内との結婚を決意することも、両親から離れてオーストラリで暮らすことも、ましては、50歳を目前にかつての夢を実現するために単独でニュージーランドへ渡ることも、魂の成長に不可欠な5項目「1.自己信頼(自分に内在する神聖な存在を信じて頼ること)、2.信仰心(自分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ見る心)、3.無私(神聖な存在のよい道具に徹すること)、4.全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)、5.自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」に気づくこともなかったと思います。

高江洲薫先生のサイン入り書籍は、以下のサイトから購入できるようです。https://peraichi.com/landing_pages/view/missinglink

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 高江洲薫先生

2018年06月27日

鏡の法則?

先日、在宅中、些細なことが発端となり、強烈な怒り(今世の人生で最大)がこみあげてきて、収まらなくなりました。しかし、その反面、「何かを壊したり、誰かに怪我をさせたりしたら大変だ」と考える冷静な自分もいて、とても不思議でした。激しい怒りが収まるまで、当初は、履いていたスリッパを脱ぎ、絨毯をたたき続け、その後は、ただ目を閉じて、スリッパを捻り続けていました。完全に、「怪しい人」か「気が狂った人」だと・・・。

以前も、このブログで、「最初はほんの些細な事でも、それを言わずに自分の中に押し込めてしまうと、それがどんどんと大きくなって、それがやがて怒りの感情となって弾けてしまこと」と「最もやっかいなのは、その事に自分自身が気付かないこと」を書きましたが、今回も、同じでした。

怒りが収まった後、冷静に考えると、怒りの原因は自分自身に対するものだと分かりました。その「些細なこと」は、きっかけでした。前にも、「皮膚炎は自分への怒りが原因」について書きましたが、実は、数日前から、完治していた指の皮膚炎がぶり返していました(今は、治まっていますが)。

「鏡の法則」というものがあるそうです。大いなる存在と自分の魂以外は全てがマーヤ(幻)で、目の前の「現実」と呼ばれる状況は、鏡のように、ただ自分が発したエネルギーが反響・反映したものだそうです(今世だけでなく過去世での言動も含めて)。

つい、自分自身のことから目をそらし、「現実」と呼ばれる三次元の世界に映って見える他者を批判・中傷しがちなものです。それは、その方が、何もしなくても、その人よりも自分が上にあるように錯覚できるからだと言われます。でも、自分が乗り越えなければならない状況は、自分で乗り越えるまで、再度、姿形を変え、目の前に現れ続けるものだそうです。また、乗り越えられない試練は体験しないことになっているそうです。

まだまだ、「全託の祈り」が足りない自分のことも、認めて、許して、愛せるように、努力したいと思います。できているつもりでいると、傲慢にならないよう、まるで重箱の隅を突くかのように、できていないところを教えていただいております。今まで、自分の怒りの原因は他者にあると思い込んでいましたから、少しは成長したのかもしれません。次の「試験」に備えたいと思います。

Tadashi

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2018年06月19日

憎しみも、怒りも、自分が損するだけ?

サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」で、今日、2018年6月19日は、以下の通りでした。各人にとって「自分」と「神」の他は全てがマーヤ(幻)、全ては自分が発したエネルギーの反響・反映に過ぎないのだそうです。

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(以下、転写)
今日の御言葉 2018年6月19日
もし、あなたが誰かを憎むなら、それは神を憎むのと同じです。
ですから、誰のことも憎んではなりません。
誰に対しても怒りを向けてはなりません。
もしあなたが誰かを憎むなら、実際には、それは自分自身を憎んでいるのです。
同様に、もしあなたが誰かを罵倒するなら、それは自分自身を罵倒しているのです。
すべての人間は鏡です。
あなたは鏡に映った自分自身を見ているのです。
            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成30年6月19日(火)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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また、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」で、「怒りは英知を破壊します。」を見て驚きました。そうだったのですね・・・。

(以下、引用)
2018年4月28日
「欲望は信愛を破壊します。怒りは英知を破壊します。強欲は仕事を破壊します。今後は、これらの悪い性質を、主の御足に捧げて手放しなさい。―ババ」

元々、私は短気な方ですが、無理に怒りを抑えようとしても、長続きしないことも体験しました。「許容量」が超えたら、怒りが炸裂し、自己嫌悪になる繰り返しで・・・。でも、次のように対処し、最近では、怒りになることは少なくなりました。

仮に「おかしい、間違っている、変だ」と思った時は、一旦、「その通りだね。」とその感情を受け止めます。その次は、相手を批判せずに、神聖な存在に判断をお任せするのです。

逆に、「そんな風に考えては駄目だ」と、自分の感情を抑え込もうとすると、「自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」でなくなります。相手を批判しなくても、自分を批判していては、「全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)」していないことになり、「我」がある状態ですから「無私(神聖な存在のよい道具に徹すること)」でもなくなってしまいます。

このように、自愛、全託、無私の状態に近づければ、近づけるほど、怒りが薄れていくので、驚きです。思い返せば、若かりし頃、「自愛、全託、無私」とは、ほど遠い状態で、頑張れど、頑張れど、悪循環になっていた頃がありました。大自然の法則を学んでいるように感じます。

まあ、家内に対してだけは「お短気」のままです(ご免なさい)。裏返せば、それだけ愛着が強いから、まだ、諦められないということで・・・。今世を終えるまでには、家内に対する愛が、「愛着」から「無条件の愛」へ移行できるよう、毎日が修行です。

Tadashi
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posted by T&H Therapeutic Healing at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2018年06月14日

英語の歌の紹介:Go the distance (最後までやり抜く)

「Go the distance」という曲の歌詞を見た時、輪廻転生を繰り返す人生のことを歌っているように感じました。それは、以前に、高江洲薫先生から、次のような話を聞いたからです。

全ての魂は、大いなる存在から発せられ、最期は大いなる存在へ戻るため、気の遠くなるような時間、輪廻転生を繰り返しながら、様々な人生を体験するのだそうです。そして、全ての体験が終了した時、この歌詞の中にある「Hero's welcome(”英雄のような大歓迎”と訳されるのでしょうか)が待っているのだそうです。

その時、その群衆は、これまでの輪廻転生で関わった人々で、その時は、悪役だった人さえも「この時のため、当時は、悪役で接しなければならなかった」と言っているかのような笑顔で出迎えてくれるのだそうです。

そして、曲の中にでてくる「It will lead me to you(自分をあなたへ導いてくれる)」や「waiting in your arms(あなたの腕の中で待っている)」の”あなた”とは、大いなる存在(宗教で言う「神」)だと感じました。

どんなに辛く感じることでさえ、「大いなる存在と自分の魂以外は、全てが幻。今世の自分の肉体や心さえも、空に浮かぶ雲のように、時がくれば消えてなくなるもの」と思えば、心の平安を保ちながら、乗り越えられるものだと考えるようになりました。しかも、自分の魂は、常に大いなる存在の中に抱かれ、守られていると思えば、不安になる必要はないのですよね。仮に「失敗」と感じることさえ、自分の魂の成長には不可欠だと思えば、失敗を恐れて、躊躇することは、神の時間を無駄にすることになりますから。。。

人生の意義は、己の魂を成長させることに尽きると痛感しています。輪廻転生を終え、己の魂が、己の宇宙を所有し、創造主となるために。。。しかも、この「真理」は、望む、望まないにかかわらず、逃れることはできないのだそうですから、観念して、先に進むしかないですね。もし、これを4年前の自分が読んだら、完全に「怪しい人」だと思っていたでしょうが。。。

いずれにしても、この歌を聴くと、冒険家になったようで、先へ進む勇気を得られる感じになります。

[参考: Michael BoltonさんのGo The Distance (英語歌詞付き)] 

個人的には、Anthony Calleaさんによるカバー曲の方が気に入っています。
[参考: Anthony CalleaさんによるGo The Distance (英語歌詞なし)]

[参考] Go The Distanceの歌詞の意訳
※以下は、直訳ではなく意訳していますが、解釈が作詞者の意図と異なっている場合もあり得ますので、ご了承の上、ご覧ください。
I have often dreamed of a far off place
(遠く離れた場所の夢をよく見る)
Where a hero's welcome would be waiting for me
(そこでは、英雄のような大歓迎が待っているだろう)
Where the crowds will cheer when they see my face
(そこでは、自分の顔を見ると群衆が喝采を送るに違いない)
And a voice keeps saying, this is where I'm meant to be
(そして、ある声が話し続ける、これが自分のもたらされた意味だと)
I'll be there someday, I can go the distance
(最後までやり抜けることができれば、いつかそこにいるに違いない)
I will find my way if I can be strong
(強くなることができたら、自分の道を見つけるに違いない)
I know every mile, will be worth my while
(千歩ごとに、価値があると分かる)
When I go the distance, I'll be right where I belong
(最後までやり抜けた時、自分は自分がいるべき場所にふさわしいに違いない)
Down an unknown road to embrace my fate
(自分の運命に帰依するため、未知の道を下る)
Though that road may wander, it will lead me to you
(道に迷うとも、自分をあなたへ導いてくれる)
And a thousand years would be worth the wait
(そして、千年は待つに値するかもしれない)
It might take a lifetime but somehow I'll see it through
(一生かかるかもしれないが、どうゆうわけか、それを通して見えるに違いない)
And I won’t look back, I can go the distance
(それなら、後ろを振り返らず、最後までやり抜けることができる)
And I'll stay on track, no, I won’t accept defeat
(しかも、道にとどまるかもしれないが、いいや、決して、負けは受け入れない)
It's an uphill slope but I won't lose hope
(困難な斜面でも、決して希望を失わない)
'Til I go the distance, and my journey is complete
(最後までやり抜けて、自分の旅路が完了するまで)
But to look beyond the glory is the hardest part
(しかし、栄光のむこうがわを見ることは、一番つらいこと)
For a hero's strength is measured by his heart
(英雄の強さは、魂で評価されるから)
Like a shooting star, I can go the distance
(流れ星のように、最後までやり抜けることができる)
I will search the world, I will face its harms
(世界中を探し回り、世の中の悪意に直面するに違いない)
I don't care how far, I can go the distance
(どれだけ遠かろうが気にしない、最後までやり抜けることができる)
'Til I find my hero's welcome, waiting in your arms
(英雄のように大歓迎されるまで、あなたの腕の中で待っている)
I will search the world, I will face its harms
(世界中を探し回り、世の中の悪意に直面するに違いない)
'Til I find my hero's welcome, waiting in your arms
(英雄のように大歓迎されるまで、あなたの腕の中で待っている)

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語の歌

2018年06月13日

英語の歌の紹介: GET HERE by OLETA ADAMS

日々、仕事中、時間に追われながら、早口の英語で意思疎通しなければならない状況も、そろそろ4年が経とうとしています。最近、若い頃に聞いたことがある英語の歌の動画(歌詞付き)を見て、歌詞の意味を知り、新しい発見をしています。

今回は、OLETA ADAMSさんの歌うGET HEREをご紹介します。とてもはっきしした聞きやすい英語で、易しい英単語が多いので、理解しやすいと思います。歌詞付きの動画に慣れた後で、歌詞なしの動画を見ると、歌詞を聞き取りやすくなっていることがわかると思います。 


何事も、楽しみながら慣れるのが長続きする秘訣ですね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語の歌

2018年06月12日

たかがキャロット・ケーキ、されどキャロット・ケーキ

前にも書きましたが、去年よりも店が忙しくなり、ベーキングの売り上げも好調で、ありがたい限りです。毎朝、焼き上げるスコーンとマフィンを除き、週単位で作るベーキングでは、キャロット・ケーキが1番人気です。当初は、週1回程度、作っていたキャロット・ケーキですが、最近では、週に2〜3回作ることが少なくありません。一番驚いたのは、帰り際に12等分したキャロット・ケーキが、翌朝に、半分が売れてしまったことを見た時です。

キャロット・ケーキという名前ですが、ニンジンのほか、パインアップルや荒削りのココナッツが入っていて、薄めのアイシング(レモンクリームチーズ)の上に、カボチャの種や干し杏、荒削りのココナッツをトッピングしているので味だけでなく、食感も楽しめます。また、基本レシピよりも、砂糖の使用量を減らしているので、甘さが控えめです。さらに、試行錯誤の末、材料を加える手順も工夫し、しっとりして軽い仕上がりになっています。

実は、当初、基本レシピの通りに作っても、ケーキの生地の中央部が凹んだり、盛り上がったり、生焼けになったり、パサパサになったり、数々の失敗を繰り返していました。なぜなら、前任のベーカーが突然に辞めた後、任されてしまったので、誰に聞くこともできなかったからです。料理学校で教わったケーキの実技と理論は、とても役立ちました。それから、お客さんからのフィードバックも、とても有効でした。

石の上にも3年と言いますが、3年以上も繰り返し作っていたら、それに見合った評価は得られるものだと痛感しています。何をやるにしても、最低5年間は必要と考え、あと1年程度は、今の経験を続けたいと思います。

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Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年06月10日

遅く起きた朝は。。。

オーストラリアで暮らしていた頃、このブログで「職人さんは早起き」という記事を書きました。当時、まさか自分が将来、日の出の前に開店するカフェで勤務するようになって、「早起きの職人」に仲間入りするとは夢にも思いませんでした。

先日、仕事が休みだった朝、いつもより遅く起きると、勤務先から連絡が入っていたことに気づきました。オーナーからで、もう1人のシェフの体調が悪く、病院へ行くため、シフトを変わってもらえないかという依頼でした。

これまで、「あり得ない」と思える状況は、神による試験だったと、後になって感じることが多いので、快く駆けつけることにしました。「試験」にパスするコツは、ただ1つ。まるで、神の両腕に抱えられて体験しているかのように、神を信じて、全てをお任せすることだけ。

店に到着すると、既に、もう1人のシェフは早退した後で、一時的に厨房を閉めていました。在庫を確認した上、料理の注文を再開しました。注文に応じて料理しつつ、入ったばかりのキッチン・ハンドのスタッフへ、料理の下ごしらえの指示を出さなければならない状況で、いつもよりも難易度は高かったです。でも、深刻になるより、置かれた状況を「楽しむ」ように心がけました。また、料理の合間に、不足ぎみのベーキングも仕上げ、これで今週末用の在庫は万全だと思い、職場を後にしたのでした。自己採点で、「試験」にはパスしたような・・・。

翌朝、出勤すると、前日に切り分けたキャロット・ケーキの在庫が半分になっていました。また、仕事の合間に、新たに焼き上げ、アイシングまで仕上げました。結局、この週は、キャロット・ケーキを3回つくりました。当初は、週1回、徐々に週2回になりましたが、記録(?)更新という感じです。

冬場になっても忙しい日が多く、料理とベーキングに追われる日々が続いています。マラソンのように体力勝負ですが、ここ数年間の日常生活を通じて学んだことを実践してきたおかげで、以前よりも苛つくことが少なくなり、職場の仲間と助け合いながら、楽しく仕事ができるようになってきました。その結果として、ベーキングの売れ行きが良くなっているのだと思います。

最初の頃は、「我、我」が強く、「自分だけが頑張っていて大変だ」と勘違いしていましたから・・・。やはり、「人生は慈愛の心を育むためのある」ととらえると、平安を乱されにくくなるように感じます。一方で、平安を乱してしまう未熟な自分のことも、認めて、許して、愛することも忘れてはならないことは言うまでもありませんが・・・。何事も永遠に続かず、今だけだと思えば、2度と戻らぬ今の時を後悔しないためにも、1秒1秒、大事に生きたいですね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年06月04日

恩寵?

以前、カフェでベーキングを担当し始めて数ヶ月が経った頃に、スコーンを食べてくださった客さんから、チップとして5ドル紙幣を頂いたことは、神の恩寵だったと思うと書きました。今日は、さらに感激のあまり、号泣してしまうことがありました。

ここニュージーランドでは、今日は「クイーンズ・バースデー」で祝日でした。断続的に激しい雨が降る気候でしたが、忙しい1日でした。後片づけと翌日の仕込みを行っていた時、ある常連のお客さんが、私だけにチップを手渡してくださいました。

実は、その方は、旧経営の時から、店へ切り花を持ってきてくださるお年寄りの方で、「シェフの仕事はストレスが多いだろうから、少しでも心が和むように」と、厨房用の切り花をくださったこともありました。しかし、随分前、店裏の軒下に寝袋で寝ていたことがあり、また、ほかの常連のお客さんから、食事を施してもらっていたこともあり、厳しい生活である感じでした。

仕事を終えた後に、頂いたチップを確認すると、5ドル紙幣が2枚、包まれていました。決して、楽な生活ではないだろうと思われる彼にとっては、10ドルがどれほど貴重なお金かと考えたら、目頭が熱くなるのをこらえられませんでした。多くの方々が幸せになる食べ物を提供できるように、もっと精進しようと心に誓いました。

去年よりも厨房の人員が少なくなる中、去年よりも忙しくなり、心身ともに疲れ、「自分だけが忙しい」ように思えてしまうことも多々です。しかし、すべては、神から試されていると思えば、置かれた状況で、ただ最善を尽くすだけですね。お客さんに育てていただいていることを痛感しています。こちらに来てからの様々な体験なくしては、気づけなかったことばかりで、とても貴重な体験を積み重ねていることに感謝します。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年05月25日

金曜日はベーキング・デー

勤務先の厨房が2人体制になり、唯一、ベーキングに専念できる日は金曜日だけとなって久しいです。月曜日から木曜日は、それぞれ、交代で2日間ずつ休みを取るので、平日の2日間は、単独で厨房を担当するため、ベーキングには専念できません。また、週末は、開店前に仕上げるスコーンとマフィン以外、基本的にベーキングに費やす時間がありません。

今日は、スコーンとマフィンを仕上げた後、ほかのベーキングの在庫を確認し、キャロット・ケーキ、チョコレート・ケーキ、アーモンド・ビスケット、チョコレート・ブラウニーを仕上げ、順次、冷えてから切り分けたり、明日以降の材料を事前に計量したり、大忙しでした。本当は、アンザック・ビスケットも作りたかったのですが、時間が足りませんでした。

去年よりも店が忙しくなり、ベーキングの売り上げも好調なため、近々、1人のシェフが補充されることになりました。今よりもベーキングに専念できる環境が整いつつあります。今まで、時間的な制約でなかなか作れなくなったベーキングが少なくないので、今から楽しみです。料理も好きですが、ベーキングの方が、自分の性格に合っているように感じます。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年05月15日

“スペシャル・スコーン”?

今朝も、いつも通り、チーズ・スコーンとデーツ・スコーンを焼き上げた後、ミックスベリー&クリームチーズ・マフィンを焼き上げました。相変わらず、スコーンの水分の加減は、とても難しいのですが、今日はいいあんばいに仕上がりました。

焼き上がって粗熱が取れた後、時間があれば、自分で店内へ運びますが、焼き上がった途端に売れることもあります。また、1回に2個も召し上がる方も・・・。先日は、常連客のおじいさんが、「“タッズ・スペシャル・スコーン”をもらおうかな。」と言いながらコーヒーと一緒に注文している場に居合わせました。その際、ニコニコしながら私の方をチラッと見ていました。

あまり他の店のスコーンを食べたことがないので、私が作ったスコーンが、“スペシャル”かどうかは定かではないですが、そのように言っていただけてとても光栄でした。この3年半、毎朝、試行錯誤の繰り返しでしたから、神の恩寵だと思います。ありがたいことと感謝しています。やはり、自分と他者が喜び満たされて、神聖な存在も喜ぶと思われることは、最善を尽くしていれば、結果が伴うものなのかもしれません。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング