2019年04月20日

あれから11年

時が経つのは早いもので、今から7年前、2012年4月19日のブログ記事<夫婦同居開始から4年経って>で、「そろそろ、前へ進む道を開ける時期」と書いていました。その後、ポリネシアからの風が吹く場所(以前にも書きましたが、我々夫婦は、かつて、ポリネシアで兄弟だった過去世があります)から、いよいよ、ポリネシアの一部であるニュージーランドへ単身で渡り、調理と製菓を学んだ後、現地のカフェでシェフ兼ベーカーとして、約5年間、実務経験を積みました。

そして、今、また次の段階へ進む扉を開ける時期のようです。今回も、開ける鍵は授かっているのに、その使い方が分からずに、もたもたしている自分がいます。更に、父と母の介護の問題が、自分に日本へ戻る「大義名分」を与えています。しかし、次の展開を考えていたら、魂の底からこみ上げてくるワクワク感を覚えました。丁度、ニュージーランドへの道が開けた時と同じ感覚です。

自分のためにも、家内のためにも、もっと精神的に強くならなければならないと痛感しています。でも、まだまだ未熟な自分も責めずに認め、許し、自分を諦めずに、励ましながら、続けるしかありませんね。それから、2017年11月13日のブログ記事<希望も恐怖も人生の重荷?>で書きましたが、希望と恐怖を捨てる時期なのかもしれません。

この11年間で、随分と精神年齢が実年齢に近づいたと実感しています。ここまでたどり着けたのは、家内のお陰だと感謝しています。家内は、日本とこちらを行ったり来たりの生活ですが、自分と向き合わざるを得ない時間のお陰で、いろいろな気づきがあり、魂の成長に繋がっているように思います。

Tadashi
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2019年04月15日

万物を存在させているものは何?

今回も、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」の中から、とても勉強になったものをご紹介します。

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(以下、転写)
今日の御言葉 2019年4月12日

人に、ものを見ること、話をすること、動くこと、考えることを可能にさせているのは神の力である、ということに気づくべきです。
感覚器官の力のすべては、神から来ています。
人間は自惚れているので、行為をしているのは自分だと思っています。
これは無知と愚かさのゆえです。
すべての創造物の中に潜んでいて、万物を存在させているものは、何であるかを確かめなければなりません。
その答えは神性です。

            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成31年4月12日(金)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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料理やベーキングの仕上がりが良かった時は、「自我」が「神(真の愛)の意思」を「邪魔」しなかった時のような気がしてきました。人間でいる限り、高慢や自惚れは、完全に消し去ることは無理なのかもしれませんが、これまで自分がやったと思い込んでいたと、自らを省みています。だから、傲慢は「偽物」の証拠で、「本物」は謙虚にしかなりようがないと言われる由縁なのかもしれませんね。

1日が終わり、就寝する前、今日、無事に存在できたこと、仕事をこなせたことを神(真の愛)へ感謝しなければ、神(真の愛)に申し訳なく感じました。そして、自分の中にある高慢や自惚れを正直に認め、それを少しでも減らす努力は、今世の自分が与えて頂いた能力・才能を最大限に発揮するために欠かせないことのように感じます。

今世こそは、1歩でも本物(神)へ近づきたいですし、いつまでも「偽物」ままで甘んじたくはないですからね。今世の最後の1呼吸を終えるまで、何があろうとも、焦らず、慌てず、諦めないで、歩みを続けます。

Tadashi
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2019年04月14日

神への信仰がなければ、何も達成できない?

今回も、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」の中から、とても勉強になったものをご紹介します。

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(以下、転写)

今日の御言葉 2019年4月14日

神への信仰がなければ、何も達成できません。
神を信じるのに理由を探す必要はありません。
季節に理由はありません。
赤ん坊が持っている母への愛と同じく、それは理由を超越しています。赤ん坊は、ただ母が母であるがゆえに、母を愛します。
「なぜ神を信じるのか?」と聞かれたら、「私の神だからです」と答えるべきです。
こうした自信を持ちなさい。このように信仰心が固ければ、内なる神を顕現させることができます。固い信仰心は、あなたの力を数段高めることもできます。

            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成31年4月14日(日)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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前にも書きましたが、この地に於ける食のプロ修業を通じて、「自己信頼(内在する神を信じて頼ること)」と「信仰心(内在する神を信じて仰ぎ見る心)」を築いているように感じます。そのお陰で、困難に感じたことでも、1つ1つ達成できたのだと思います。

そして、「もし、できなかったら、どうしよう!」という不安感や恐怖心は、「無私(神のよい道具に徹すること)」と「全託(全ての判断を神に託すこと)」で克服しているように感じます。更に、上手くいかなかった時は、自分を責めたり、批判せずに、「自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」の練習を繰り返している気がします。

心身共に疲労が溜まってくるとイライラしまう未熟さは、まだまだ克服できていませんが、仕事の速さと仕上がりは、当初の頃から比べると、格段に向上していると感じます。内在する神(真の愛)を信じて頼ることにより波動が高まり、与えて頂いた能力・才能が発揮しやすくなるのかもしれませんね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年04月13日

神(真の愛)へ1歩近づけば、神(真の愛)は10歩近づく?

こちらでは今週末から学校の休みが始まり、今日は朝から料理の注文で忙しい1日でした。最近は、以前のような恐怖や不安は、あまり感じなくなり、精神的に楽になりました。

今回は、「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの4月13日に記載されていたメッセージをご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:April 13]
When you take one step towards God, God takes ten towards you.
*参考(意訳):あなたが神に向かって1歩前進する時、神はあなたに向かって10歩前進します。

いろいろな事が、矢継ぎ早に起こると、「こんなことがいつまで続くのだろう」と不要なことを考えてしまいがちですね。でも、神(真の愛)へ近づくことから逃げることは、誰も逃れられないのなら、覚悟を決めて「2歩進んで3歩下がる」でも、時には「3歩進んで2歩下がる」ような気になっても、めげずに前進あるのみですね。そうすれば、神(真の愛)は、その10倍に近づいてくださるのですからね。

しかも、前にも書きましたが、人生は「現実」という「神に到達するまで何度も繰り返すロールプレイングゲーム」ですから、真剣に臨む必要はありますが、深刻になることは望ましくないようです。常に、幸せでいるためには、ユーモアを忘れないようにしたいと思います。直ぐに「深刻モード」になってしまう傾向にあるので・・・。

Tadashi
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2019年04月08日

真の友人とは

今回は、「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの4月6日に記載されていた「真の友人」に関するメッセージをご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:April 6]
A true friend is one who remains with you in joy and sorrow and in prosperity and adversity.
you should make friendship with only such persons with proper discrimination.

*参考(意訳):真の友達とは、喜びや悲しみにつけ、繁栄や難儀につけ、あなたと一緒に居続ける人です。適切な識別力のある人達とだけ友情を築くべきです。


父親から「本当に困った時に助けくれるのが本当の友達だ」と教えられました。真の友情関係を築くためには、まず、自分自身が、相手にとって「真の友人」となるように努力することが何よりですね。なぜなら、全てはマーヤ(幻)で、自分の言動の反響・反映にしかすぎないそうだからです。しかし、仮に自分の本心に反して、表面的にそのような振りをしても、我慢では長続きはしませんし、ある意味で「相手を騙している」ことになりますから、いずれは「誰から騙される」という体験を通じて、気づかされることになるようです。

以下は、今から2年前に、私のハイヤーセルフからいただいたメッセージです。

お前の誠実さは、お前にとって大切な才能です。
いつも誠実に周りの者に接しなさい。
お前がそのように振る舞うならば、お前の愛を多くの者に与えることができるようになるでしょう。
そして、お前自身が愛情に包まれ、満たされることを忘れてはなりません。

今世の自分の場合、常に自分の本心に偽りなく周りの方に「誠実」に接することが、結局、自分のためになることだと教わりました。これも、同じように、全てはマーヤ(幻)で、自分の言動の反響・反映にしかすぎないからなのですね。頭で理解したつもりでも、魂に響くまでには、何度も繰り返しの体験が必要なのかもしれませんね。

「焦らない、慌てない、諦めない」で行きましょう。「人間は生きているだけで百点満点」と言われるように、楽な人生などなく、置かれた状況でいかに幸せを感じることができるかの霊性トレーニングですから・・・。仕事をしながら、身体と心のトレーニングまでできて「お得」と思うことにします。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年04月05日

人生は「大海へと合流する川」と同じ?

水の循環を人生に例えたとても分かりやすい御講話が、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」に投稿(2019年4月4日 17時33分)されていたのでシェアさせていただきます。

(以下、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」の2019年4月4日 17時33分の投稿から全文引用)

大海へと合流する川について熟考してごらんなさい。
太陽によって暖められた海水は、水蒸気となって上昇し、雲を形成し、雨のしずくとして落ちてきます。一つ一つのしずくは内心で、追い出されたところから海に戻りたいと切望します。しかし、個であるという感覚がその切望に打ち勝ちます。
雨粒が蓄積されると、小川や水流となって流れ、うねりとなり、平地に流れる川の支流となります。最終的に川は海へと合流し、その名も姿形も属性も失います。海から海への旅路の中であらゆる変更が行われたにもかかわらず、水は水蒸気、雲、雨、川の中の水であり続けます。名称や姿かたち、性質は変わりますが、その中核は変わらないままです
人間もまた、神という大海から生じます。そしてそれに融合することが人の運命なのです。これが真理です。これが現実です。汝はそれなり。そのことを固く信じなさい。
―1987年1月2日の御講話

(以上)

「神(真の愛)」という大海から生じた魂は、輪廻転生を繰り返す人生の中で、性別や人種、名前、姿形、性格は変わっても、その中核となる魂は変わらないということですよね。そして、魂の内心は、神(真の愛)へ戻りたいと切望していながらも、自我の感覚が、その切望に打ち勝っているということですね。

私の場合、あとどれだけ輪廻転生を繰り返したら、神へ戻れるのか知りませんが、何千年後か、何億年後か、最終的には、神(真の愛)と融合する時が来ると固く信じることにします。他の魂も同様だと固く信じることができたら、一時的に、大切な存在を失ったとしても、嘆き悲しむ必要はないのかもしれませんね。なぜなら、全ての魂は、最終的には神(真の愛)と融合するのですからね。

だから、2019年2月17日のブログ記事「紹介:アーナンダマイー・マーさんの御言葉」でご紹介したように、アーナンダマイー・マーさんは「どんなことがあろうとも、そんなことは、どうでもいいではないですか。」と仰ったのだと思いました。小さなことに拘っている自分に直面した時、深刻にならずに、笑いながら「そんなことはどうでもいいのでは?」と自身へ言えるようになれたら、いつも幸せでいられそうな気がします。最後は、全ての魂が一緒になるのですからね。

2018年6月14日のブログ記事「英語の歌の紹介:Go the distance (最後までやり抜く)」でご紹介しましたが、この歌詞の中にある「Hero's welcome(”英雄のような大歓迎”と訳されるのでしょうか)が、輪廻転生を終えて、神へ至った瞬間なのかもしれませんね。くじけそうになった時、この曲を聴いて、先へ進む勇気をいただいています。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年04月04日

神聖な思考と行動に神聖な食べ物は不可欠?

今回は、「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの4月4日に記載されていたメッセージをご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:April 4]
For sacred thoughts and sacred deeds, sacred food is essential.
*参考(意訳):神聖な思考と神聖な行動のためには、神聖な食べ物は不可欠です。

今日も、「また、真の愛(神)に試されている」と思うような1日でした。単独で厨房を切り盛りする日でしたが、まるで「集中豪雨」のごときに、一度に料理の注文が集中し、最後に入った注文は、30分待ちでした。お客さん達は、店内が混雑していなければ、まさか、1人で一度期に集中した料理の注文に対応しているとは思わないでしょうから、30分も待たされたお客さんは、「なんで混んでもないのに、料理が来るまでにこんなに時間が掛かるのだろう?」と疑問に思ったかもしれません。

「神聖な食べ物」が提供できたかどうかの判断は、真の愛(神)にお任せして、特段にイライラすることもなく、置かれた状況で最善を尽くした自分を認めることにします。今朝は、早めにブラウニーとアーモンド・ビスケット(両方とも、週末に売り切れ、補充が間に合っていなかったのですが)を仕上げて、無事に料理の注文で作業が中断することなくできて良かったと思っていた途端に、いきなり料理の注文が集中したのでした。

食に携わる側としては、「神聖な思考と神聖な行動が伴わなければ、神聖な食べ物は提供できない」ですね。当然、神聖な食べ物だけを体内に入れるように心がけなければと思います。いくら神殿(肉体)の中を綺麗に掃除しても、玄関(口)から不浄な食べ物を入れていたら、意味がないですから。。。でも、時折、無性にジャンクフード(スナック菓子)が食べたくなる未熟な自分も受け入れない限り、先へは進めないようですので、「3歩進んで2歩下がる、時には2歩進んで3歩下がる」でも、諦めずに続けるしかないですね。

Tadashi
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2019年04月01日

No Matter What(たとえ何があっても)

今回は、Calum Scottさんの「No Matter What」という曲をご紹介します。

(以下、この曲の歌詞から引用)

I love you no matter what
*参考(意訳):たとえ何があっても、あなたを愛している

I just want you to be happy and always be who you are
*参考(意訳):ただ、あなたが幸せで、いつもあなたらしくいてほしい

Don't try to be what you're not
*参考(意訳):あなたらしくなくなろうとしないで

Cause I love you no matter what
*参考(意訳):たとえ何があっても、あなたを愛しているから

(以上)

「何があっても愛し続ける」というのは、まさしく、「無条件の愛(神の愛)」ですね。人は、配偶者や子どもを相手に、「無条件の愛」を学んでいるのかもしれません。相手に何かを望んだり、相手を変えようとすると、自分自身が辛くなるものですね(体験談)。なぜなら、例え、親子であっても、同じ環境で育った兄弟姉妹であっても、過去世での体験も違えば、経験年数も違い(子どもの方が親よりも、過去世の体験年代が多い場合もあり得ます)、価値観が違うからです。

世の中、自分の狭い価値観では理解不能なことも少なくありません。しかし、身近な家族に対しては、互いの価値観の違いを認めること(例え、「あり得ない」と感じても、そのような価値観があると理解すること)が、無条件の愛を学ぶ上で、不可欠のように感じるこの頃です。

ただ、相手の価値観を否定し続けている限り、己の魂の成長が遅れ、永遠の幸せに近づけませんから、当人が気づくまで、真の愛(神)は、当人が「あり得ない」と感じることを起こし続けるものだと、高江洲薫先生にリーディングしていただいた自分の9世代分の過去世での出来事を振り返っても、そのように感じます。

Tadashi
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2019年03月31日

自分の幸せを邪魔する者はただ1人?

高江洲薫先生のfacebookのサイトで、今の自分が必要としていたメッセージを拝見しましたので、ご紹介します。

あなたの人生は、あなたのものです。
誰のものでもありません。
あなたの人生において、常に責任と義務が伴います。それを逃れるものは誰もいません。

どのような責任と義務なのでしょうか。
それは、自らを高めて、自らを愛し、幸せになるということです。

あなたが幸せになるために、それを邪魔するものなど誰もいません。
邪魔する者はただ1人、それはあなたなのです。

自らをコントロールし、自らを許し、自分の完全な味方となって、あなたの人生を全うすべきなのです。
あなた自身の義務と責任を果たしなさい。

すなわち、自分を幸せにすることは自分にしかできない、自分を不幸にするのも、自分にしかできない。
それならば、「私は幸せを選ぶ」と心に決めて進むべきなのです。

(以上)

このメッセージを拝見して、涙が溢れてきました。たぶん、真の愛(神)が、私に分かりやすい手段で知らせてくださったのだと感じました(いつも、条件反射のように涙が溢れるので・・・)。

自分が幸せになることを邪魔しているのは、ただ1人、自分自身なのですね。だから、「全ては鏡(リフレクション・反射)」なのだと、改めて、納得しました。ここのところ、仕事で心身共に負荷が掛かっていた上に、両方の親の介護のことなど、いろいろな事が重なり、とても視野が狭くなっていた自分に気づきました。

今週末も料理の注文が途切れなく忙しかったのですが、もう1人のシェフが長期休暇から戻ったこともあり、イライラすることもなく、心穏やかに仕事することができました。2019年3月18日のブログ記事「Pushing your limits」でも書きましたが、霊性の限界を押し広げるトレーニングの成果もあるのかもしれません・・・。

自らを高めて、自らを愛し続けないかぎりは、永遠の幸せは手に入れられないものなのですね。いつも「つかの間の幸せ」に一喜一憂する人生は、そろそろ終わりにしたいと思います。そのためにも、霊性のトレーニングを続けるしかないですね。誰もが、それから逃れることができないのなら・・・。

Tadashi
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2019年03月27日

全て神(真の愛)から今世限定でお借りしているだけ?

今回は、「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーの3月27日に記載されていたメッセージをご紹介します。

[Sathya Sai's Message for the Day:March 27]
God gave you the time, space, cause, material, idea, skill, chance, and fortune. Why should you feel as if you are the doer?
*参考(意訳):神は、あなたに時間、空間、動機、人格的要素、信念、技能、機会、そして、財産を与えました。なぜ、あなたは、まるで自分が行為者であるかのように感じるべきなのですか?(←「感じるべきでない」という意味だと思います)

カフェで働き始めた当初、自分の思い通りにならないことが重なり、機会を与えられたことへの感謝を忘れがちで、徐々に不平・不満が募っていきました。しかし、途中から、場所代や光熱費、材料費を無償で与えられ、実際に商品としてお客さんへ販売してもらい、しかも、給料(最低賃金でしたが)までもらえて、ありがたいと、前の経営者の方へ感謝するようになりました。50歳を過ぎ、ただ料理・製菓を学んだだけで、職歴もないシェフ・ベーカーを雇ってくれる人は多くないものです。

この時の経験と実績を買われて、経営者が交代した後も雇っていただけました。しかも、実際のスコーンやマフィン、ケーキの仕上がりを見て、当初の時給(最低賃金よりも上でした)よりも高い金額を払っていただけることになりました。そして、毎年、実力の向上を評価され、昇給してもらえました。

一見、全部を自力でやったように勘違いしがちですが、全ては神(真の愛)から与えていただいたものなのですよね。自分の肉体や心でさえ、今世、自分が行うと決めてきたことを体験するためにお借りしているもので、今世が終わったら、全てお返しし、唯一残るのは自分の魂と魂に刻まれた体験だけなのですよね。美味しい料理ができようが、美味しいケーキができようが、自分が行為者だと錯覚している限り、高慢(=偽もの)のままなのだと感じました。だから、無私(神のよい道具に徹すること)ができた時、素晴らしい結果になるものなのですね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年03月26日

神に導かれ、守られ、面倒をみていただける条件?

2016年5月15日のブログ記事<霊性のトレーニング?>でも書きましたが、こちらに来て、料理・製菓のコースを修了し、仕事を見つけるまでは、自己信頼の積み重ねで、なんとかクリアしてきました。しかし、現場で働き始めてからは、自己信頼だけでは限界に達し、心身のバランスをくずした時、「インドの聖者・サティアサイババ様」のお写真に救われました。実は、その写真は、家内がこちらへ遊びに来る度に、部屋に置いていったものでした。

今世の自分にとって、家内は「真の幸せをもたらす女神様」だと感じます。なぜなら、彼女のお陰で、1度は断念しようとした数々の事柄を実現できたからです。海外で暮らすことも、主夫になることも、留学することも、そして、何よりも料理・製菓を学び、英語環境の現場でシェフ・ベーカーとして働くことも、若い頃の自分が知ったら、完全に驚愕していると思います。

しかし、これらは、一見、自分の表面的な夢や希望のようですが、全て、現在、現実生活の中で霊性のトレーニングを行うためにあったように感じます。自分の魂が生まれる前に決めたことは、実現するようになっているのかもしれません。

そして、いつも、その時の自分に必要なメッセージが書かれている「Sathya Sai's Message for the Day」という日めくりカレンダーも、家内が持ってきてくれたものです。3月25日と3月28日に記載されていたメッセージは、以下の通り、神に導かれ、守られ、面倒をみていただける条件でした。

[Sathya Sai's Message for the Day:March 25]
If you give up ego and surrender to the Lord, He will guide you and guard you.
*参考(意訳):もし、自我をやめ、神に身を任せるのなら、神があなたを導き、守るでしょう。

[Sathya Sai's Message for the Day:March 28]
Once we surrender our mind to God completely, He will take care of us in every way.
*参考(意訳):我々の心を完全に神へ任せさえすれば、神は様々な方法で我々の面倒をみるでしょう。

やはり、「我、我・・・」をやめ、全託することが一番ですね。ただ、自我を与えられながら、自我をやめることは、矛盾しているように見えますが、全てに自由意志の原則があるそうですから、いかに自我を制御できるかが人生の課題のようにも思えます。

以下の5項目のうち、「自己信頼」と「信仰心」なくして、「無私」と「全託」はできないものだと学習しています。

1.自己信頼:自分に内在する神(真の愛)を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神(真の愛)を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神(真の愛)のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神(真の愛)に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

また、神(真の愛)は、最大の「守り」で、最大の「武器」だそうですから、神(真の愛)の守りから外れるような言動は慎んだ方が賢い生き方のように感じます。しかし、当然のように、自分の魂の未熟さゆえに、自ら、神(真の愛)の守りから外れてしまうような言動をしてしまう自分を受け入れる「自愛」も不可欠だと思うこの頃です。頭で理解したことを実行し続けるためには、繰り返しの訓練が必要だと感じます。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 御言葉

2019年03月25日

「更なる試し」クリア!

2019年3月4日のブログ記事<更なる試し>と2019年3月18日のブログ記事<Pushing your limits>で書きましたが、約2週間半(週末3回)、「週休6日間、平日は単独で、週末はフロア・スタッフの補助で、厨房を切り盛する」という「更なる試し」は、一応クリアしました。

前回、もう1人のシェフが長期休暇中は、「週休6日間、平日は単独」までは同じ状況でしたが、週末は、臨時シェフの手伝いがあったので、今回は、まさしく「チャレンジ」でした。しかも、料理の注文が、平日でも、通常の1.5〜2倍もあり、毎日のように、厨房を閉めてから、翌日の準備に追われ、心身だけでなく「霊性の限界を押し広げるトレーニング」でした。

人間は、心身の限界に追い込まれると、ほんとうに小さなことでも心の余裕を失うものですね。何度もイライラして、自分が望む「喜び満たされた食べ物」を提供するどころか、何とか料理の注文をこなすことで精一杯の自分と向き合わざるを得ませんでした。しかし、「自分の思い通りにならない時、イライラする」と学習してきたので、その都度、「己の魂が未熟だから、イライラする」と冷静になり、イライラの矛先にしてしまった相手には、心の中でお詫びするように心がけました。まるで「匍匐前進」で「心身ドロドロ」になりながらも、恩寵のお陰で、みんなに支えられ、励まされ、特に問題になることもなく、なんとかクリアできたように感じます。

何故だか、その日によって同じ食材ばかりが売れる中、食材が売り切れになることも回避できました。また、料理のクレーもなく、フロア・スタッフからは、お客さんが料理に満足されていたと聞かされ、ホッとしています。期間中、毎朝、スコーンとマフィンは焼き上げていましたが、2度目のチーズスコーンを作る余裕は皆無でした。常連のお客さんからは、毎日のように「2度目のスコーンはないの?」と催促されたり・・・。また、1度だけ、キャロットケーキを仕上げましたが、無理して、「ヒマシ油を飲まされたような顔」で頑張っても、虚しい結果になるだけだと思い出し、後半は、最善を尽くすことだけに専念し、無理なことは断念しました。

改めて、「乗り越えられない試練は体験しない」という原則を実感しています。去年は、完全に心身のバランスを崩し、家内の直接的な支援(家事やヒーリングなど)で乗り越えました。今回は、家内が日本にいる中、彼女の霊性的な支援で乗り越えられたと感謝しています。それから、以下の5項目について、まだ、まだ、完全でない自分がいますが(まあ、そんなに簡単にできていたら、今頃まで人間をやっていないと考えることにしていますが)、去年よりは確実に成長している自分がいることも認めたいと思います。とにかく、連日、「心身と霊性のフルマラソン」のようでした。

1.自己信頼:自分に内在する神(真の愛)を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神(真の愛)を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神(真の愛)のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神(真の愛)に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

全てに於いて、終わりを決めることは、置かれた状況で最善を尽くす上で重要だとそうです。なぜなら、永遠に続くように思えてしまうと、途中で疲れ果ててしまうからです。まるで、マラソンのように、ゴールを決めると、あとどれだけ走れば良いのか目安になり、今に集中できるのだと思います。現在の調理と製菓の修業は、今年の7月末までと決めています。丁度、約5年間になりますので・・・。

もう少し自然環境に恵まれた場所へ移動し、かつて、オーストラリアで暮らしていた頃、描いた「総合的な癒やしの提供」の実現へ着手するつもりです。いよいよ、国際看護師・ヒーラーである家内の物理的な支援が不可欠になる予感がします。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | シェフ・ベーカー

2019年03月23日

紹介:不幸な人と幸せな人の違い

2018年9月26日のブログ記事<紹介:tennaさんのブログ「修行バカの懺悔道」>でご紹介しましたが、tennaさんブログ「修行バカの懺悔道」に掲載されていた2019年3月22日のブログ記事<不幸な人と幸せな人の違い>を拝見して、とても目から鱗が落ちる思いでしたので、シェアさせていただきます。

多くの聖者の方々が「いつも幸せでいなさい」と仰いますが、「どんな状況でも常に幸せでいられるように己の魂を成長させること」が、何度も輪廻転生を繰り返しながら、様々な人生を体験する意味のように感じるこの頃です。お恥ずかしながら、かつての自分は、まさしく「不幸な人」だったと、自らを省みています。不変の幸せを手に入れることは、容易くないものですが、諦めずに続けるしかないですね。

tennaさんのブログを拝見するようになってから、日々、努力するようになり、以前と比べると「幸せな人」に少しは近づけて、魂が随分と身軽になったように感じます。tennaさんに感謝します。特に、「許せない、許せない」という人生を続けていると、自らの魂の限界を超えた時、認知症になったりすると、高江洲薫先生に伺ったことがあるので、気をつけたいと思います。

因果応報、自分の言動・思いが、全て自分に戻ってくると、頭で分かったつもりでも、心身ともに疲れてくると、つい、小さなことにイライラしてしまう自分がいます。魂を成長させることは、容易ではないものですね。でも、先延ばしにしても、いずれは通らなければならない道ならば、覚悟を決めて、未熟な自分を認めながら、焦らず、慌てず、諦めずに、前進あるのみですね。

Tadashi

(以下、tennaさんのブログ「修行バカの懺悔道」から引用)

1) 自分の思い通りにならなかった時の反応
<不幸な人>
自分の思い通りにならない結果にイライラする。
自分の思い通りにならない物事に対して、誰か、何かのせいにして、その都度イライラを繰り返している。

<幸せな人>
自分の思い通りにならない結果は、まず受け入れ、「自分はどうすれば良かったのか?」と自身を振り返り、最善の対処方法を考慮し、乗り越える為に努力する。
また、その努力を楽しみ、簡単に自分の思い通りになる結果を望まない。

2) 自己の過ちを指摘された時の反応
<不幸な人>
自分の過ちを指摘されると怒る。
自分は常に正しいと思い込んでいるので、自らの過ちを受け入れる事が出来ず、他人にそれを指摘されると、指摘ではなく、自分が否定された、拒絶されたと思い込み怒る。

<幸せな人>
自分の過ちを指摘されると、その事柄を素直に聞き入れ、指摘した相手の立場になって考える。
自分は未熟であり、常に成長しないといけないと思い、他人からの指摘を大切にする。
至らない自分を見つけだし、自らの成長を楽しむ事が出来る。

3) 感謝の気持ち
<不幸な人>
感謝する事が出来ない為、日々流されて快楽を求めながら過ごし、不快な事柄に対して、否定批判を繰り返す。

<幸せな人>
何事にも感謝し、その恩恵に報いる為、世の中に貢献する事を目的として毎日を過ごす。
求める事より、与える事を優先しているので、不快だと感じる出来事が、基本的にない。

4) 不満感の受け止め方
<不幸な人>
何でも自分の思い通りにしたい欲求が強い為、普段から不平不満を感じる事が多く、無意識に、不平不満のはけ口を探している。
不平不満をぶつける先がないといられない。そして、その事実に気づいていない。

<幸せな人>
常に多くに感謝しながら過ごしている為、不平不満を感じる出来事は、自らを成長させる機会とし大切にする。また、その出来事自体にも感謝する。

5) 他人の幸せの受け止め方
<不幸な人>
幸せそうな人に接すると嫉妬したり、恵まれた人だと羨ましく思ったりするだけで、その人の努力に全く気づく事が出来ない。

<幸せな人>
幸せそうな人に接するとその人から学ぶべき事が必ずあると思い、謙虚な気持ちで、その人の話を傾聴する。

6) 自分の位置づけ
<不幸な人>
自分より優れた人を避け、自分より劣った人と接するようにし、優越感に浸り、周りを見下し安心感を得ようとする。

<幸せな人>
自分より優れた人と接するようにし、その人から多くを学び、自分自身を磨く事を怠らない。
常に自分より上の人がいる事を忘れず、日々努力して過ごす。

7) 他人への思い
<不幸な人>
他人より自分を優先することは、当たり前だと信じて疑わない。
誰しもそう思って過ごしており、皆が皆、自分と同じだと思い込んでいる。
自分が幸せでないと、誰も幸せに出来ないと思っている。

<幸せな人>
周りの人がいるから、自分がある事を良く理解しているので、まず他人を大切にする。
まずは周りの人が幸せでないと自分は幸せになれない事を知っている。

8) 幸せの理解
<不幸な人>
快楽を満たす事が幸せだと思っており、煩悩を満たすための基準で善悪を判断し、それが正しいと思い、疑う事もない。

<幸せな人>
幸せと快楽は別物と理解し、感謝する喜び、尽くす喜び、与える喜びを知っている。
自分一人の幸せはちっぽけなモノで、他人の幸せを共有する事で、大きな幸せを得られる事を知っている。

9) 自己の理解
<不幸な人>
利己的な思いが強い為、常に自分の都合で物事を解釈している事に気づけない。
その為、自分本位な考え方しか出来ていない事にも気づけない。
自分にとって不利益な考え方を『理解できない』『わからない』で終わらせている事が多く、不平不満の感情も多い。

<幸せな人>
利他的な考え方で物事を判断しているので、自分と異なる価値観をたくさん理解している為、物事を見る視野がとても広い。
広い視野で自分を見る為、自分の至らない所を理解している。
自分の思いを優先して物事を捉える事がないので、不平不満の感情を抱く事が極端に少ない。

10) 善悪の判断
<不幸な人>
目前の出来事のみに注視し、ジャッジメントする。
正しいか、間違っているか、善か、悪かで判断するだけで、自分がどうすれば、改善できるかを全く考えようとしない。

<幸せな人>
目前の出来事に対して、ジャッジメントしない。
善と悪を区別せず、目前の問題点を改善する策を考え、自分に出来る事を探し行動する。
出来事から学び、自分自身を成長させる事を怠らない。

11) 他人を見る視点
<不幸な人>
無意識に物事を上から目線で見ており、「誇りや自信」を「驕りや慢心」と履き違えている。
自分の下に位置する人を見つけると安心する。
または、自分をまわりから下に位置づけし、自分はダメ人間だと卑下し続け、何の努力もしない。

<幸せな人>
他人があっての自分である事を理解しており、誰に対しても謙虚な気持ちで接する事ができる。
謙虚な気持ちが、感謝や真実、努力を生み出す事を知っており、謙虚な人が、愛される人だと知っている。

12) 価値観の違いに対する反応
<不幸な人>
自分と異なる価値観を認めて受け入れる事ができない。
その理由が、我欲を満たす事を阻害する為だと気付いていない。
自分の価値観でしか他人を見る事が出来ず、自分と違う価値観を否定し批判する。
共感、共有を大切にし、違いを嫌い、恐れる。

<幸せな人>
利他的な思いが強い為、自分と異なる価値観を大切にする。
自分と異なる価値観を認め、受け入れる事で、自分自身の視野が広がる事をよく理解している。共感、共有より、自分との違いを大切にする。

13) 自分の視野
<不幸な人>
自分の本心を知る努力をせず、また、自分に都合の悪い本心を隠そうとする為、現実と思考のギャップが広がり、物事を客観的に見る事ができない。
その為、当り前の出来事を理不尽だと感じてしまう。

<幸せな人>
常に自分の本心と向き合う事でしか、自己の成長はありえない事を理解している。
己の至らない心の改善に努めている為、自己の思いと目前の出来事との辻褄が合っている事を熟知しており、理不尽な出来事など存在しない事を知っている。

14) 日々の過ごし方
<不幸な人>
生きる目的もなく、ただただ、自己の快楽を満たす為だけに流されて毎日を過ごす。

<幸せな人>
生きる目標を定め、世の為人の為に尽くす事を生きる糧とする。

15) 興味を抱くモノ
<不幸な人>
自分にメリットのある物事しか興味を持たない為、自分に都合のよい判断しか出来なくなり、偏った視点で物事を判断している事に気づけない。

<幸せな人>
利他的な思いが強い為、他人が興味のあるモノを知る努力を繰り返し、様々な価値観を学び、様々な視点で物事を解釈できる。

16) 許すことに関して
<不幸な人>
物事を善か悪かでしか判断できない為、悪を許すことが出来ず、身近な所にいつも悪が存在している。

<幸せな人>
物事を善か悪かで判断するのではなく、問題に対して改善策を考える為、ゆるせない出来事が起きない。

17) 苦悩への対処
<不幸な人>
辛く苦しい出来事を『悪』とし避けるか排除しようとする。
その為、出来事から学びが無く何度も繰り返す。
辛く苦しい出来事が無い事が幸せだと思っている。

<幸せな人>
誰しも辛く苦しい出来事は起きるもので、避ける事も排除する事も出来ず、それを乗り越えることが人生だと思っている。
その過程で自分に必要不可欠な事が学べる事を知っている。

18) 結果と因果の捉え方
<不幸な人>
自分に降りかかる辛く苦しい現実は、自分自身に原因があると思う事が出来ない為、自己の心を成長させる事ができない。
自己の心が幼いので、辛く苦しい出来事は、自分以外の原因で創り出されていると考え、誰か何かのせいにする。

<幸せな人>
どんな言動も常に自分自身が選択した上で行使しており、その結果が目前の現実として表れる事をよく理解している為、常に自己の心を成長させる事が出来る。
どんなに辛く苦しい出来事でも、自分の選択が引き起こしている事を知っており、何か誰かのせいにする事はない。

19) 苦楽の受け止め方
<不幸な人>
辛い事、苦しい事、面倒な事と向き合わず、逃げたり避けたりする事ばかりを考え行動する。
どうしたらもっと楽に過ごせるのかを優先して言動に移す。

<幸せな人>
辛い事、苦しい事、面倒だと感じる事は、至らない自分自身を成長させる機会だと理解し、常に、その感情と向き合い自己改善する事に役立てる。
楽する事を選択している以上、自分が成長できない事を知っている。

20) 人との関わり
<不幸な人>
自分の思い通りにしてくれる人が良い人だと思っている。
自分の利益を阻害する相手にダメ出しする。
自分が損すると感じる人には極力関わらず、人間関係を自分の損得に結びつける。

<幸せな人>
どうしたら相手の思い通りになるかを優先して人と接するようにする。
自分の利益を阻害する相手は、自己の成長に欠かせない人だと理解している。
自分がどんなメリットを相手に与えられるかを常に考えて人と接するようにする。

(以上、tennaさんのブログ「修行バカの懺悔道」から引用)
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2019年03月22日

紹介:クライストチャーチのテロ襲撃事件の生存者が犯人へ宛てた許しのメッセージ

こちらの新聞:ニュージーランド・ヘラルド(the New Zealand Herald)のサイトに掲載されていた記事の一部をご紹介します。

※意訳は、取り急ぎに作成したため、誤訳の箇所があるかもしれません。あくまでも参考程度にご覧いたければ幸いです。

以下、the New Zealand Heraldのサイト(https://www.nzherald.co.nz/)で2019年3月18日の午後6時33分(現地時間)に掲載された英文記事から抜粋して引用>

Christchurch mosque shootings: 'I forgive him' - wheelchair-bound survivor's message to gunman who killed his wife
[意訳] クライストチャーチ・モスク乱射事件:’私は彼を許す’ - 車イス生活者の生存者が彼の妻の命を奪った殺し屋へ宛てたメッセージ

18 Mar, 2019 6:33pm
Anna Leask; senior police reporter for the New Zealand Herald.

(前略)

"I am so very proud of her ... she won the hearts of millions of people and I told my daughter that we should live on this memory, we should be happy for her rather than cry."
[意訳] "私は、多くの人々の心を勝ち取った彼女を誇りとしている。そして、私は、娘へ、泣くよりも、私たちはこの思い出に生きて、彼女のために幸せでいるべきだと語った。"

"You cannot turn the clock back, but what we can do from now is we can either beat ourselves and suffer, or turn around and turn this experience into a better future."
[意訳] "時計を戻すことはできない。しかし、私たちが今からできることは、自分自身を困惑させ苦しむか、方向転換し、この体験を良い未来へ変えられるかだ。"

"There is no need for anger - anger and fighting doesn't fix anything, but through love and care we can warm hearts."
[意訳]:"怒りは必要ない。怒りや戦いでは、何も解決しない。けれど、私たちができる愛や気遣いは、心を温める。"

Farid said he did not, and could not hate the gunman.
[意訳] Farid(妻の命を奪われた夫の名前)は、彼は犯人を憎んでいないし、憎むこともできないと語った。

"I was asked 'how do you feel about the person who killed your wife?' and I said 'I love that person because he is a human, a brother of mine,"
[意訳] "「妻の命を奪った人物についてどんな気持ちか」と私は尋ねられたので、私は「その人(犯人)を愛している、なぜなら、彼は1人の人間で、自分の兄弟の1人だからだ」と答えた。"

"I do not support what he did - he got it wrong."
[意訳] "私は、彼がしたこと、すなわち、彼らが間違っていたことを支持しない。"

"But maybe he was hurt, maybe something happened to him in his life … but the bottom line is, he is a brother of mine."
[意訳] "しかし、彼は傷ついていたのかもしれないし、彼の人生で何かがあったのかもしれない。でも、最終的には、彼は私の兄弟の1人だ。"

"I have forgiven him and I am sure if my wife was alive she would have done the same thing.”
[意訳] "私は、彼を許しているし、もし妻が生きていれば、彼女も同じことをしていただろうと確信している。"

"I hold no grudge."
[意訳] "私は恨みを抱いていない。"

"Some people might call me crazy but I speak from my heart, I am not pretending - if I got an opportunity I would hug him."
[意訳] "人によっては、私をきちがい呼ばわりするかもしれない。しかし、私は、心底から話していて、偽っていない。もし、機会があれば、彼を抱きしめたい。"

Farid hoped the gunman - and others who hold the same beliefs - would reflect on what had happened and change his life.
[意訳] Farid(妻の命を奪われた夫の名前)は、その殺し屋と同じ信仰を持っている他の者達が、何が起こって自分の人生が変わったかを熟考することを望んでいる。

"You are still alive, you have a chance."
[意訳] "君たちはまだ生きている。君たちはチャンスがある。"

"Every human has two sides - evil and humanitarian; bring out your humanitarian… instead of killing and hate … I wish i could say that."
[意訳] "全ての人間は、邪悪と博愛という二面性を持っている。殺人や憎む代わりに、博愛を表現しなさいと、そのように言いたいです。"

"If I can change one person from cruelty to generosity, I'll be honoured."
[意訳] "もし、1人の人間を残忍から寛大へ変えることができたら、光栄です。"

<以上>


例え、「許しは、自分自身のため」と頭で理解したとしても、もし、実際に、目の前で最愛の妻の命を奪われたとしたら、このような言動ができる方は、多くないと感じました。まさしく、神の愛(無条件の愛)を実行されている方なのだ思います。もう、人間に生まれ変わる必要がないくらいの魂のレベルの高さに、大変敬服しました。

悲しい事件から1週間が過ぎて、こちらでは、人種差別をなくす運動へ発展しています。日本と同じ島国ですが、先住民といわれるマオリでさえ、ポリネシアからの移民で、ニュージーランドは多民族国家です。今回の事件が、異文化の壁を越えて全国民が結束し、良い未来へ変わるきっかけとなるように祈り続けたいと思います。真の愛は、最大の防御で、敵をも味方に変えるそうですから・・・。

Tadashi
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2019年03月18日

Pushing your limits

2019年3月4日のブログ記事<更なる試し>で書きましたが、現在、もう1人のシェフが長期休暇中で、残り5日間となりました。

結局、期間中は、週休6日間で、平日は単独で厨房を切り盛りし、週末はフロアースタッフに補助してもらっています。なぜだか、平日でも料理の注文が途切れなく続き、連日、厨房を閉めた後、翌日の準備を行う日々です。毎朝のスコーンとマフィン以外のベーキングは、やらないで良いことになりましたが、単独で厨房を切り盛りすることは、体力的にも精神的にも結構な負荷です。案の定、以前にも増して、小さなことでカリカリ、イライラしてしまう自分と向き合わなければなりませんでした。

そのような中、音楽ストリーミングサービスを聴いている際、「Pushing your limits!」という英語が心に留まりました。「限界を押し広げろ!」という意味でしょうか。まさしく、身体と心、そして、霊性の限界を押し広げるトレーニングだと思ったら、妙に納得がいきました。

まだまだ未熟な魂の自分も認め、無理なことは止めることにしました。なぜなら、2018年3月30日のブログ記事<いつも笑顔>で書いたように、笑顔でいられないほどに無理して、ヒマシ油を飲んだような顔で仕事しても、何の役にも立たないのでは、切な過ぎますからね。また、料理に関して、良いフィードバックが多いようなので、とてもありがたいです。

今日も忙しい1日でしたが、なんとか休憩する時間や翌日の準備の時間もありました。先週よりも心身の疲労度が軽減している気がするのは、「トレーニング」の効果か、単なる思い込みか定かではありません。少しは「限界」が押し広がった成果としての恩寵なのかもしれません。また、周りから支えられていることに感謝しています。

Tadashi
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2019年03月17日

クライストチャーチで悲しい出来事が再び

既にニュースなどでご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、ここニュージーランドの南島にあるクライストチャーチで悲しい事件が発生しました。

2016年2月23日のブログ記事<2月22日は何の日?>で、8年前の大震災で亡くなられた方の魂や残された家族・友人の無念さを思い、自分の魂に刻まれている「大切な存在を失った時の悲しみ(自分の過去世での体験)」と重なり、涙が堪えられなかったことを書きました。今回、この事件で亡くなられた方の魂や残された家族・友人の無念さを思うと、同じように涙を堪えられません。

しかし、過去世での感情を思い出して悲しんでいても、何の役にも立ちませんので、今回の事件に巻き込まれ辛い思いをしている方々へ、宇宙の神聖なエネルギー(真の愛)を送りたいと思います。なぜなら、東北地方太平洋沖地震が発生した時、高江洲薫先生から教えていただいたことを思い出したからです。

これまでも、何度も書いていますが、人生では乗り越えられない試練は体験しないそうです。事実、過去世での辛い体験を乗り越えたからこそ、今の自分がいます。また、その時に失った存在は、世代を超え、今世、大切な存在として再会しています(高江洲薫先生の過去世リーディングのセッションを受けていなかったら、知らないまま、今世を終えていたと思いますが)。

「食の職人として、辛い思いをされている方々に生きる希望を持って頂ける料理やお菓子が提供できるようになれたらと思っています。」と書きながらも、いまだ途切れなく続く料理の注文に息切れし、集中力を失い、イライラして、まさしく置かれた状況に翻弄され、未だに自分のことだけで精一杯です。でも、2016年5月15日のブログ記事<霊性のトレーニング?>でも書きましたが、今は、自分の限界を超える霊性トレーニング(身体と心のトレーニングももれなくついていますが)中と考えて、最善を尽くしています。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2019年03月05日

全ては鏡(リフレクション・反射)

2018年6月27日のブログ記事<鏡の法則?>で「鏡の法則」についてご紹介しましたが、高江洲薫先生のfacebookのサイトに「全ては鏡(リフレクション・反射)」に関する投稿がありましたので、ご紹介します。

全ては鏡(リフレクション・反射)です。
自分を愛する者は、相手からも愛されます。
自分を大切にする者は、相手からも大切にされます。
自分を嫌う者は、他者からも嫌われます。
自分を大事にしない者は、他者からも大事にされません。
自分を信じる者は、相手からも信頼されます。

(以上)

結婚相手は、「霊性修行の鏡」だそうですね。もし、相手から、「愛されていない」、「大切にされていない」、「嫌われている」、「大事にされていない」、「信頼されていない」と感じる場合は、「まず、自分に対する言動を改善しなさい」という宇宙の大いなる存在からの注意喚起なのかもしれません。

また、自分を愛せない者は、誰も愛せないし、自分を大切にできない者は、誰も大切にできないし、自分を信じない者は、誰も信じられないそうです。だから、「自己犠牲」では、不幸になるから、長くは続かないのかもしれません。まずは、「自分から始めよ」ですね。確かに、相手を変えようとするより、自分が変わった方が、手っ取り早いものです。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 高江洲薫先生

2019年03月04日

更なる試し

2017年10月9日のブログ記事<更なる試練?>や2018年10月19日のブログ記事<試されている?>でも書きましたが、相変わらず、いろいろと試される日々が続いています。

こちらの夏期休暇が終わり、カフェが少しは暇になるかと思いきや、平日でも料理の注文が途切れない日が少なくありません(さすがに平日の団体客の注文は減りましたが)。また、2018年5月25日のブログ記事<金曜日はベーキング・デー>でも書きましたが、キッチン・スタッフの人員削減により、ケーキや菓子類の作成は、唯一平日で2人体制の金曜日だけとなっていました。しかし、以前にも増して、売れ切れが早くなり、1人で担当する平日でも、ケーキや菓子類を作成しないと品切れになってしまうようになりました。

時間に追われる中、調理や製菓の作業は以前より素早くなり、作業の段取りも工夫するようになり、なんとか両方をこなせるようになってきました。そのような中、今週から、もう1人のキッチン・スタッフが長期休暇に入ります。以前の自分だったら、不安と恐怖で、心身のバランスを崩していたと思いますが、以下の5項目を実践し続けてきたお陰様で、今のところは、心の平安を保っています。

1.自己信頼:自分に内在する神(真の愛)を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神(真の愛)を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神(真の愛)のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神(真の愛)に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

これまでも何度か書いていますが、人生は「現実」という「神に到達するまで何度も繰り返すロールプレイングゲーム」だそうです。仮に、ケーキや菓子が品切れになろうが、料理の注文が殺到してお客さんを待たせようが、それでお客さんの命がどうにかなるわけではありません。ただ、置かれた状況で最善を尽くしていれば、後は、神(真の愛)が最も望ましいようにしてくださると考えるようになりました。しかも、この「現実」は「マーヤ(幻)」で、いつかは雲のように消えて無くなるものですから、それに一喜一憂しても意味がないのかもしれませんね。

去年の今頃は、今回と同じような状況の中、ヘロヘロでした。丁度、家内がこちらにいた時で、一切の家事を任せ、毎晩のようにヒーリングを受け、彼女のお陰で、なんとか乗り越えられました。しかし、今回、家内が日本にいる状況で、更に難易度は高まりましたが、去年より、上記の5項目の実践度は、確実に高まっていると感じるので、全ては神(真の愛)にお任せしながら、最善を尽くすだけだと決心しています。

また、「人生で乗り越えられない試練は体験しない」ということに関しては、これまでの体験から、自分の中で確信に変わっています。それから、1つの「ゲーム」なわけですから、真剣には臨みますが、楽しむべきで、深刻になることは、百害あって一利なしだと思います(つい、深刻になりがちなの自分への注意喚起として・・・)。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | シェフ・ベーカー

2019年03月02日

穏やかに親切に話すのは、自分のため?

今回も、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンからメールで送られてくれる「今日の御言葉」の中から、とても勉強になったものをご紹介します。

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(以下、転写)
今日の御言葉 2019年2月28日

穏やかに親切に話しなさい。
きつい言葉を母親にさえも使っているとしたら、
それは自分の身を滅ぼすことになります。
母親、父親、先生、来客を神とみなさい。

            ― サティヤ サイ ババ
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発行:平成31年2月28日(木)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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日本で暮らしていた頃、父親に対してとても批判的できつい言葉を使っていました。しかし、こちらに来てからの「精神修行」のお陰で、最近、自分の未熟さを省みています。実は、30代の頃、頑張れば、頑張るほど、状況が悪化し、とても落ち込んだ時期がありましたが、まさしく「自分の身を滅ぼすことになります。」の通りだったような・・・。

また、以下は、本日の「今日の御言葉」です。

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(以下、転写)
今日の御言葉 2019年3月2日

何であれあなたが他人に見るものは、
あなた自身の反映にすぎません。
他人の中に何か良からぬものを見るとき、
それはただ、その人に対するあなたの気持ちが
良くないことを示しています。

            ― サティヤ サイ ババ
---------------------------------------------------------------------
発行:平成31年3月2日(土)
編集:サティヤ サイ 出版協会
発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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2018年06月27日のブログ記事<鏡の法則?>でも書きましたが、本当に自分自身の反響・反映だと痛感しています。倫理道徳と捉えるよりも、自分自身を守る上で、他者の中に良いものだけを見た方がお得と思うようになりました。

「宇宙の法則」や「大自然の法則」という呼び方もあるようですが、全ての魂は、輪廻転生による様々な体験を通じ、真の愛(神)へ向かった方が、結局は己のためになることを気付かせるような「目に見えない法則」があるような気がします。この法則に逆らうと、結局は己が辛い目に遭うシステムなのですね・・・。仮に、今世は「うまく逃げられた」と思っても、因果応報、次の世代以降、いつか、その「償いの人生」が待っているという・・・。

Tadashi
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2019年02月27日

料理人の想念は食べる人へ影響する?

2019年1月20日のブログ記事<食物は感覚や思考にも影響する?>でも書きましたが、料理人の想念が食べる人に影響する例えがfacebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」の投稿(2019年2月26日 13時45分)で紹介されていたのでシェアさせていただきます。食に携わるプロとして、自分の想念が食べる人に影響することは、どんなに忙しい時でも覚えていなければなりませんね。

でも、実は、平日の今日も、なぜだか途切れなく料理の注文が入り、休み明けの出勤日にも拘わらず、めまいにおそわれ、それどころでなく、余裕がなかった自分も、認め、許し、愛し続けられるように祈ります・・・。どんなに忙しくても、笑顔で仕事できる日は、ほど遠そう(今世の自分には無理そう?)に思えてしまいますが、今世の命が続く限り、焦らず、慌てず、諦めずに続けるしかないですね。結果よりも、それに至る体験に意義があるそうですから・・・。

Tadashi

(以下、facebookの「サティヤ サイ ババの御言葉」の投稿から全文引用)

とある牢獄に、きわめて純粋な魂の持ち主が入れられていました。彼は霊性の道に身を捧げ、注意深く霊性修行をしていました。彼の瞑想(ディヤーナ)と意識の一点集中(ダーラナ)は、非常に高いレベルに達していました。
ところがある日、瞑想に座していた彼は、非常に凶暴な感情が内から湧き上がってくるのを感じました。どんなに努力をしても、自分を捕らえている憎しみに満ちた凶悪な想念を押さえつけることができず、ショックを受けて苦悩に閉ざされました。彼のグル(導師)もまた事の成り行きに動揺しました。
グルは弟子の過去をかなり詳しく調べましたが、その悲惨な状態の根拠となるものは何も見いだせませんでした。しかし、ついにある事実を発見しました。弟子が凶悪な想念に駆られた日の前日、狂信的な殺人犯が牢獄の調理室の料理人として働いていたのです。その殺人犯の憎しみに満ちた殺意あふれる想念が調理した食べ物に波及し、弟子はその料理を食べていたのでした。
このような経緯をたどって人から人へと波及する、微細で目には見えない想念の形態があるのです。
―1961年10月10日の御講話

(以上)
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