2018年06月14日

英語の歌の紹介:Go the distance (最後までやり抜く)

「Go the distance」という曲の歌詞を見た時、輪廻転生を繰り返す人生のことを歌っているように感じました。それは、以前に、高江洲薫先生から、次のような話を聞いたからです。

全ての魂は、大いなる存在から発せられ、最期は大いなる存在へ戻るため、気の遠くなるような時間、輪廻転生を繰り返しながら、様々な人生を体験するのだそうです。そして、全ての体験が終了した時、この歌詞の中にある「Hero's welcome(”英雄のような大歓迎”と訳されるのでしょうか)が待っているのだそうです。

その時、その群衆は、これまでの輪廻転生で関わった人々で、その時は、悪役だった人さえも「この時のため、当時は、悪役で接しなければならなかった」と言っているかのような笑顔で出迎えてくれるのだそうです。

そして、曲の中にでてくる「It will lead me to you(自分をあなたへ導いてくれる)」や「waiting in your arms(あなたの腕の中で待っている)」の”あなた”とは、大いなる存在(宗教で言う「神」)だと感じました。

どんなに辛く感じることでさえ、「大いなる存在と自分の魂以外は、全てが幻。今世の自分の肉体や心さえも、空に浮かぶ雲のように、時がくれば消えてなくなるもの」と思えば、心の平安を保ちながら、乗り越えられるものだと考えるようになりました。しかも、自分の魂は、常に大いなる存在の中に抱かれ、守られていると思えば、不安になる必要はないのですよね。仮に「失敗」と感じることさえ、自分の魂の成長には不可欠だと思えば、失敗を恐れて、躊躇することは、神の時間を無駄にすることになりますから。。。

人生の意義は、己の魂を成長させることに尽きると痛感しています。輪廻転生を終え、己の魂が、己の宇宙を所有し、創造主となるために。。。しかも、この「真理」は、望む、望まないにかかわらず、逃れることはできないのだそうですから、観念して、先に進むしかないですね。もし、これを4年前の自分が読んだら、完全に「怪しい人」だと思っていたでしょうが。。。

いずれにしても、この歌を聴くと、冒険家になったようで、先へ進む勇気を得られる感じになります。

[参考: Michael BoltonさんのGo The Distance (英語歌詞付き)] 

個人的には、Anthony Calleaさんによるカバー曲の方が気に入っています。
[参考: Anthony CalleaさんによるGo The Distance (英語歌詞なし)]

[参考] Go The Distanceの歌詞の意訳
※以下は、直訳ではなく意訳していますが、解釈が作詞者の意図と異なっている場合もあり得ますので、ご了承の上、ご覧ください。
I have often dreamed of a far off place
(遠く離れた場所の夢をよく見る)
Where a hero's welcome would be waiting for me
(そこでは、英雄のような大歓迎が待っているだろう)
Where the crowds will cheer when they see my face
(そこでは、自分の顔を見ると群衆が喝采を送るに違いない)
And a voice keeps saying, this is where I'm meant to be
(そして、ある声が話し続ける、これが自分のもたらされた意味だと)
I'll be there someday, I can go the distance
(最後までやり抜けることができれば、いつかそこにいるに違いない)
I will find my way if I can be strong
(強くなることができたら、自分の道を見つけるに違いない)
I know every mile, will be worth my while
(千歩ごとに、価値があると分かる)
When I go the distance, I'll be right where I belong
(最後までやり抜けた時、自分は自分がいるべき場所にふさわしいに違いない)
Down an unknown road to embrace my fate
(自分の運命に帰依するため、未知の道を下る)
Though that road may wander, it will lead me to you
(道に迷うとも、自分をあなたへ導いてくれる)
And a thousand years would be worth the wait
(そして、千年は待つに値するかもしれない)
It might take a lifetime but somehow I'll see it through
(一生かかるかもしれないが、どうゆうわけか、それを通して見えるに違いない)
And I won’t look back, I can go the distance
(それなら、後ろを振り返らず、最後までやり抜けることができる)
And I'll stay on track, no, I won’t accept defeat
(しかも、道にとどまるかもしれないが、いいや、決して、負けは受け入れない)
It's an uphill slope but I won't lose hope
(困難な斜面でも、決して希望を失わない)
'Til I go the distance, and my journey is complete
(最後までやり抜けて、自分の旅路が完了するまで)
But to look beyond the glory is the hardest part
(しかし、栄光のむこうがわを見ることは、一番つらいこと)
For a hero's strength is measured by his heart
(英雄の強さは、魂で評価されるから)
Like a shooting star, I can go the distance
(流れ星のように、最後までやり抜けることができる)
I will search the world, I will face its harms
(世界中を探し回り、世の中の悪意に直面するに違いない)
I don't care how far, I can go the distance
(どれだけ遠かろうが気にしない、最後までやり抜けることができる)
'Til I find my hero's welcome, waiting in your arms
(英雄のように大歓迎されるまで、あなたの腕の中で待っている)
I will search the world, I will face its harms
(世界中を探し回り、世の中の悪意に直面するに違いない)
'Til I find my hero's welcome, waiting in your arms
(英雄のように大歓迎されるまで、あなたの腕の中で待っている)

Tadashi
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2018年06月13日

英語の歌の紹介: GET HERE by OLETA ADAMS

日々、仕事中、時間に追われながら、早口の英語で意思疎通しなければならない状況も、そろそろ4年が経とうとしています。最近、若い頃に聞いたことがある英語の歌の動画(歌詞付き)を見て、歌詞の意味を知り、新しい発見をしています。

今回は、OLETA ADAMSさんの歌うGET HEREをご紹介します。とてもはっきしした聞きやすい英語で、易しい英単語が多いので、理解しやすいと思います。歌詞付きの動画に慣れた後で、歌詞なしの動画を見ると、歌詞を聞き取りやすくなっていることがわかると思います。 


何事も、楽しみながら慣れるのが長続きする秘訣ですね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語の歌

2018年06月12日

たかがキャロット・ケーキ、されどキャロット・ケーキ

前にも書きましたが、去年よりも店が忙しくなり、ベーキングの売り上げも好調で、ありがたい限りです。毎朝、焼き上げるスコーンとマフィンを除き、週単位で作るベーキングでは、キャロット・ケーキが1番人気です。当初は、週1回程度、作っていたキャロット・ケーキですが、最近では、週に2〜3回作ることが少なくありません。一番驚いたのは、帰り際に12等分したキャロット・ケーキが、翌朝に、半分が売れてしまったことを見た時です。

キャロット・ケーキという名前ですが、ニンジンのほか、パインアップルや荒削りのココナッツが入っていて、薄めのアイシング(レモンクリームチーズ)の上に、カボチャの種や干し杏、荒削りのココナッツをトッピングしているので味だけでなく、食感も楽しめます。また、基本レシピよりも、砂糖の使用量を減らしているので、甘さが控えめです。さらに、試行錯誤の末、材料を加える手順も工夫し、しっとりして軽い仕上がりになっています。

実は、当初、基本レシピの通りに作っても、ケーキの生地の中央部が凹んだり、盛り上がったり、生焼けになったり、パサパサになったり、数々の失敗を繰り返していました。なぜなら、前任のベーカーが突然に辞めた後、任されてしまったので、誰に聞くこともできなかったからです。料理学校で教わったケーキの実技と理論は、とても役立ちました。それから、お客さんからのフィードバックも、とても有効でした。

石の上にも3年と言いますが、3年以上も繰り返し作っていたら、それに見合った評価は得られるものだと痛感しています。何をやるにしても、最低5年間は必要と考え、あと1年程度は、今の経験を続けたいと思います。

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Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年06月10日

遅く起きた朝は。。。

オーストラリアで暮らしていた頃、このブログで「職人さんは早起き」という記事を書きました。当時、まさか自分が将来、日の出の前に開店するカフェで勤務するようになって、「早起きの職人」に仲間入りするとは夢にも思いませんでした。

先日、仕事が休みだった朝、いつもより遅く起きると、勤務先から連絡が入っていたことに気づきました。オーナーからで、もう1人のシェフの体調が悪く、病院へ行くため、シフトを変わってもらえないかという依頼でした。

これまで、「あり得ない」と思える状況は、神による試験だったと、後になって感じることが多いので、快く駆けつけることにしました。「試験」にパスするコツは、ただ1つ。まるで、神の両腕に抱えられて体験しているかのように、神を信じて、全てをお任せすることだけ。

店に到着すると、既に、もう1人のシェフは早退した後で、一時的に厨房を閉めていました。在庫を確認した上、料理の注文を再開しました。注文に応じて料理しつつ、入ったばかりのキッチン・ハンドのスタッフへ、料理の下ごしらえの指示を出さなければならない状況で、いつもよりも難易度は高かったです。でも、深刻になるより、置かれた状況を「楽しむ」ように心がけました。また、料理の合間に、不足ぎみのベーキングも仕上げ、これで今週末用の在庫は万全だと思い、職場を後にしたのでした。自己採点で、「試験」にはパスしたような・・・。

翌朝、出勤すると、前日に切り分けたキャロット・ケーキの在庫が半分になっていました。また、仕事の合間に、新たに焼き上げ、アイシングまで仕上げました。結局、この週は、キャロット・ケーキを3回つくりました。当初は、週1回、徐々に週2回になりましたが、記録(?)更新という感じです。

冬場になっても忙しい日が多く、料理とベーキングに追われる日々が続いています。マラソンのように体力勝負ですが、ここ数年間の日常生活を通じて学んだことを実践してきたおかげで、以前よりも苛つくことが少なくなり、職場の仲間と助け合いながら、楽しく仕事ができるようになってきました。その結果として、ベーキングの売れ行きが良くなっているのだと思います。

最初の頃は、「我、我」が強く、「自分だけが頑張っていて大変だ」と勘違いしていましたから・・・。やはり、「人生は慈愛の心を育むためのある」ととらえると、平安を乱されにくくなるように感じます。一方で、平安を乱してしまう未熟な自分のことも、認めて、許して、愛することも忘れてはならないことは言うまでもありませんが・・・。何事も永遠に続かず、今だけだと思えば、2度と戻らぬ今の時を後悔しないためにも、1秒1秒、大事に生きたいですね。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年06月04日

恩寵?

以前、カフェでベーキングを担当し始めて数ヶ月が経った頃に、スコーンを食べてくださった客さんから、チップとして5ドル紙幣を頂いたことは、神の恩寵だったと思うと書きました。今日は、さらに感激のあまり、号泣してしまうことがありました。

ここニュージーランドでは、今日は「クイーンズ・バースデー」で祝日でした。断続的に激しい雨が降る気候でしたが、忙しい1日でした。後片づけと翌日の仕込みを行っていた時、ある常連のお客さんが、私だけにチップを手渡してくださいました。

実は、その方は、旧経営の時から、店へ切り花を持ってきてくださるお年寄りの方で、「シェフの仕事はストレスが多いだろうから、少しでも心が和むように」と、厨房用の切り花をくださったこともありました。しかし、随分前、店裏の軒下に寝袋で寝ていたことがあり、また、ほかの常連のお客さんから、食事を施してもらっていたこともあり、厳しい生活である感じでした。

仕事を終えた後に、頂いたチップを確認すると、5ドル紙幣が2枚、包まれていました。決して、楽な生活ではないだろうと思われる彼にとっては、10ドルがどれほど貴重なお金かと考えたら、目頭が熱くなるのをこらえられませんでした。多くの方々が幸せになる食べ物を提供できるように、もっと精進しようと心に誓いました。

去年よりも厨房の人員が少なくなる中、去年よりも忙しくなり、心身ともに疲れ、「自分だけが忙しい」ように思えてしまうことも多々です。しかし、すべては、神から試されていると思えば、置かれた状況で、ただ最善を尽くすだけですね。お客さんに育てていただいていることを痛感しています。こちらに来てからの様々な体験なくしては、気づけなかったことばかりで、とても貴重な体験を積み重ねていることに感謝します。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年05月25日

金曜日はベーキング・デー

勤務先の厨房が2人体制になり、唯一、ベーキングに専念できる日は金曜日だけとなって久しいです。月曜日から木曜日は、それぞれ、交代で2日間ずつ休みを取るので、平日の2日間は、単独で厨房を担当するため、ベーキングには専念できません。また、週末は、開店前に仕上げるスコーンとマフィン以外、基本的にベーキングに費やす時間がありません。

今日は、スコーンとマフィンを仕上げた後、ほかのベーキングの在庫を確認し、キャロット・ケーキ、チョコレート・ケーキ、アーモンド・ビスケット、チョコレート・ブラウニーを仕上げ、順次、冷えてから切り分けたり、明日以降の材料を事前に計量したり、大忙しでした。本当は、アンザック・ビスケットも作りたかったのですが、時間が足りませんでした。

去年よりも店が忙しくなり、ベーキングの売り上げも好調なため、近々、1人のシェフが補充されることになりました。今よりもベーキングに専念できる環境が整いつつあります。今まで、時間的な制約でなかなか作れなくなったベーキングが少なくないので、今から楽しみです。料理も好きですが、ベーキングの方が、自分の性格に合っているように感じます。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年05月15日

“スペシャル・スコーン”?

今朝も、いつも通り、チーズ・スコーンとデーツ・スコーンを焼き上げた後、ミックスベリー&クリームチーズ・マフィンを焼き上げました。相変わらず、スコーンの水分の加減は、とても難しいのですが、今日はいいあんばいに仕上がりました。

焼き上がって粗熱が取れた後、時間があれば、自分で店内へ運びますが、焼き上がった途端に売れることもあります。また、1回に2個も召し上がる方も・・・。先日は、常連客のおじいさんが、「“タッズ・スペシャル・スコーン”をもらおうかな。」と言いながらコーヒーと一緒に注文している場に居合わせました。その際、ニコニコしながら私の方をチラッと見ていました。

あまり他の店のスコーンを食べたことがないので、私が作ったスコーンが、“スペシャル”かどうかは定かではないですが、そのように言っていただけてとても光栄でした。この3年半、毎朝、試行錯誤の繰り返しでしたから、神の恩寵だと思います。ありがたいことと感謝しています。やはり、自分と他者が喜び満たされて、神聖な存在も喜ぶと思われることは、最善を尽くしていれば、結果が伴うものなのかもしれません。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年05月14日

花火

先週の夜、外で音がするので、窓の外を覗くと夜空に花火が上がっているのが見えました。日本で花火というと夏の風物詩の1つですが、ここオークランドでは、あまり季節に関係ないようです。丁度、家内が日本から戻ってきた夜だったので、神の恩寵のように感じました。

夫婦となり、あっという間に10年が過ぎましたが、お互いの感覚の違いを乗り越え、互いに助け合いながら、なんとかここまでたどり着けたように感じます。自力だけでは、途中で断念せざるを得ないようなことばかりでした。1つ1つ、それぞれの持つ目標を達成していることは、互いの過去世の方々のお陰だと感謝しています。

見方を変えれば、夫婦で協力することが、それぞれの今世における必要な体験なのかもしれません。まるで、全てが、協力し合えば達成できて、そうでない場合は成達できないようになっているかのようです。

もし、高江洲薫先生による過去世リーディングを受けていなければ、仮に夫婦になったとしても、ここまでたどり着くのは、とても困難だったと思います。

今世の自分にとっては、家内に出会ったことも、高江洲薫先生に出会ったことも、とても幸運でした。全ては「神の計画」だとすれば、祝福された人生を歩んでいるのだと気づかされます。若い頃、何で自分は生きているのだろうと思っていましたが、今は、生きていてよかったと思います。

Tadashi

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2018年05月07日

早合点

最近、朝晩が寒くなったためか(東京都心の晩秋より暖かいですが・・・)、お客さんの出足が遅い感じです。今朝も、料理の注文が少なく、今日は暇かと思いきや、ランチタイムの追い込みで、終わってみれば、いつもの平日より若干少ない程度でした。

仕事中、フロアーのスタッフから話しかけられ、「コーンフリッターと卵・・・」と聞いた途端、最後まで話を聞き終える前に、少し前に仕上げたコーンフリッターに卵の追加料理があったのを忘れたのかと、早合点してしまいました。
実は、お客さんから料理のお褒めをいただいたことを教えてくれようとしていたのでした。トースト&炒り卵とコーンフリッターの注文でしたが、両方の料理とも喜んでいただけたようでした。笑いながら、「Compliment(ほめ言葉)だから、焦らなくて大丈夫だから。」と言われてしまいました。
前のオーナーの時も、「お客さんからを褒め言葉をもらったよ。」と言われた際、「Compliment(ほめ言葉)」を「Complaint(苦情)」と早合点したこともありました。

せっかちな性格が災いしてか、日本語でも早合点な方ですが、英語だと、特にその傾向が強いのかもしれません。そんな早合点な自分も、認めて、許して、愛しようと思います。

Tadashi

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2018年05月02日

油断大敵

前にも書きましたが、週のうち平日の2日間、単独で料理も担当するようになって、半年以上が経ち、随分と要領を得てきました。イースター休暇の後、スクールホリデーがあり、平日でも大人数のオーダーが入ることも多々で、気が抜けない日々でした。

いつも、単独で担当する2日間のうち、1日は、料理の注文が少ないことが多く、料理の下準備やベーキングの作業ができていました。先日は、前半がいつもより暇で、前日が忙しかったので、今日はこのまま終わりかと油断していました。しかし、ランチタイムが過ぎてから、注文が立て続けに入り始め、息つく暇もないほどでした。終わってみれば、「追い込み」が功を奏してか、前日の注文伝票と同じ数でした。

今週は、単独で担当した2日間とも、休憩中に注文が入り、殆ど休憩なしの勤務でした。去年の今頃は、秋から冬に向けて、徐々に暇になっていましたが、最近は、平日でも忙しい日が多くなっています。単独の時でも、料理の注文が途切れなく入り、息つく暇もないくらいになっても、心の平安を保ったまま、笑顔で仕事をこなせるように精進したいです。しかし、まだそのようにできない今の自分も認めて、許して、愛するように心がけています。

Tadashi
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2018年04月30日

紹介:高江洲薫先生のメッセージ(2018年4月22日)

2018年4月22日、川崎にあるヒーリングセンター・アルケミストで開講された「ヒーリング・アカデミー」に於ける高江洲薫先生のメッセージが、facebookのヒーリングセンターアルケミスト・日本アニマルコミュニケーション協会に掲載されていました。人生を歩む上で、とても参考になりましたので、シェアさせていただきます。

高江洲先生のメッセージ(2018年4月22日)
才能、能力を発揮するためには、
1.全てを愛すること、容赦なく愛すること、どんな時でも愛することをやめないこと。
2.自分を決して否定しないこと。自分自身の悪口、批判、さげすむようなことは決してしない。言わないこと。
3.全ての生命が大切で、神聖なものである、それを心で常に感じること。


前にも書きましたが、上記の「1.」は、「神は愛が具現化したもので、愛は最強の防御であり、最強の武器でもあり、敵をも味方に変える」ということを踏まえると、納得できますね。
また、上記の「2.」は、自己批判を続ける限り、それに慣れて、平気で他者をも批判し、自分自身のエネルギーが重くなりますから、「いくら努力しても上手くいかない」状況になりがちです(経験済みです・・・)。だから、自己否定は、自分のためにならないのですね。
そして、上記の「3.」は、自分の中に「神(=愛)」が内在することが信じられると、他の生命にも内在していることを実感しやすくなり、個々の生命が、「愛(=神)」を通じて1つになっていることを体感することですね(これは実践中ですが・・・)。もし、大切な人が離れていようが、他界しようが、「愛(=神)」で繋がっていることが体感できれば、寂しい気持ちは癒されると思います。

高江洲薫先生から、いろいろなことを御教授いただき、1つ1つ実践した結果、今の自分があると思います。実は、2012年にオークランドへ来た直後、高江洲薫先生のセッションを受けました。その時、「今のままでは、エネルギー的に上手くいくようには思えない。強烈なブレーキが掛かっている。」と教えていただき、その対処方も教えていただきました。もし、教えていただいていなかったら、今頃は「やっぱり、自分は何をやってもだめ、何の能力や才能ない男だ」と自分を卑下した人生を送っていた思います。本当に、高江洲薫先生には、足を向けて寝られません・・・。

Tadashi
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2018年04月28日

初心忘るべからず

それは、カフェでベーキングを担当し始めて数ヶ月が経ったある日でした。
ある客さんが「チーズスコーンを作った人にこれを渡してください。」と5ドル紙幣を置いて行かれたのでした。1つ4〜5ドルのスコーンに5ドルのチップをくださったお客さんのご厚意に、帰宅してから涙が止まらなかったことを今でも忘れません。

何故なら、当時、先が不透明の中、悔しい思いや切ない思いになることは日常茶飯事で、ただ、無駄な努力をしているだけなのか、疑心暗鬼になっていましたので、とても救われた思いになったからです。その紙幣は、使わずに「神様からの宝物」として、大切に持っています。

今では、それは神の恩寵だったと思います。それだけではく、今世の両親の息子として生まれ、育ったこと、家内と出会い、結婚したこと、高江洲薫先生に出会い、様々な真理を教えていただいたこと、どれも神の恩寵だと確信しています。また、これまで巡り会った方々なくして、今の自分は存在しないですから、全ては神の恩寵ですね。

Tadashi


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2018年04月26日

食の倫理は自身の身体・心・魂の健康のため?

料理学校では、料理や製菓の実習だけでなく、理論も学びました。その際、毎回のように、「食の倫理(生産労働者環境、生育環境、地球環境への配慮)」が出てきました。

1.生産労働者環境:食品の生産過程で、現代でも、奴隷労働者(誘拐された子ども、不法移民等)が使われている現状を知りました。その対策として「フェアトレード」マーク入りの食品も出回っていますが、偽装などの課題が残されていることを学びました。
2.生育環境:劣悪な環境で飼育されている食用動物達の現状でした。こちらも「フリーレンジ」や「フリーファーム」など、手間の掛かる分、割高の商品も出ていますが、「1」と同様に偽装などの課題が残されていることを知りました。
3.地球環境への配慮:育成や貯蔵、運搬に使われる化石燃料(地球温暖化の要因とされている)の問題でした。例えば、地元で季節に収穫された農作物は、栄養価も高く、安価なだけでなく、化石燃料の使用も最小限に抑えられることを学びました。

高江洲薫先生のお話では、この世に存在する全ての物質には、エネルギー(氣)が存在し、良い・悪いではなく、自分が所有するエネルギー(氣)以外は身体・心・魂に影響を及ぼすため、浄化(取り除く)する必要があるそうです。まるで、入浴して皮膚の汚れを洗い流すかのように。エネルギー(氣)は、触れるだけでなく、電話やメールを通じても伝わるそうです。ましてや、食物は体内に入れるものですから、それの持つエネルギーの影響は、とても大きいと言えます。

このように、エネルギー(氣)で食の倫理を考えると、他者(奴隷労働者の方々や劣悪な環境で飼育されている食用動物達、地球環境)への配慮という他人事で済まされることではなく、自身の肉体・精神・霊性に大きく影響しますから、自分自身のこととして重視するべきなのかもしれません。

上記の「1」の視点では、食物に労働者のネガティブ(辛さ・恨み等)なエネルギーを含んでいる恐れがあります。ある指導シェフは、「低賃金でバイトしているキミ達も、ある意味で“奴隷労働者”と言える」と話していました。貨幣価値の低い国から来ている留学生達の中には、数人でアパートの1室を共有し、最低賃金以下の時給でバイトする学生達も少なくないそうです。
同様に「2」の視点でも、労働者と同様に、食用動物達のネガティブなエネルギーを含んでいる恐れがあります。
「3」は化石燃料の廃棄ガスは良いエネルギーを発しないことは容易に想像できます。また、いくら人工的に新鮮さを保った食材であったとしても、収穫または精肉された時点から鮮度が落ちることは免れず、同時にエネルギー(氣)のレベルは低下することが想定できます。

更に、上記の視点に加えて、それを運搬する人、調理する人、配膳する人、調理する場所や食べる場所の持つエネルギー(氣)に対する配慮も必要と言えます。食のプロとして、物理的な食品衛生だけでなく、エネルギー(氣)的にも「汚染」されたものとならないよう、十分に気をつけたいと思っています。しかし、大人数の注文が立て続けに入った時など、つい「えっ、また来た!」という気持ちになってしまうので、まだまだ、修行が足らないと反省しています。

極論を言うなら、毎日、自らのエネルギー(氣)を浄化し、浄化した場所で食料を栽培し、浄化した場所で自炊し、浄化した場所で食べるしかなく、現実的ではないように思えます。しかし、何事も完璧はあり得ないですから、1つ1つ、可能なところから、実行するしかないですね。何もしないよりはましと考えて・・・。食べる前に、一旦、神に食べ物を捧げ、「神の食べ物」としていただくと、何もしないで食べるよりは、食の持つネガティブなエネルギー(氣)を軽減できるそうです。日本語の「いただきます」は、そのような意味があったのだと思いました。

Tadashi

以下は、「食物と健康と霊性(著:小窪正樹)」の第7章2節にある、サティア・サイババの話からの引用です。
「同じ場所で仕事をしている人々・場所・調理器具・料理人・給仕の心の揺れ・感情 こうしたものすべてが、食事をする人の本性と感情に微妙な影響を与えています。」

また、以下は、「すべてはブラフマンなり(述:サティア・サイババ、訳:若林千鶴子)」の第7章1節の一部です。
「神への崇敬の念で大気を満たしなさい。雲は雨によって田畑に神聖をもたらす。神聖な雨によって生育した作物は食物を浄め活力を与える。食物は人びとに神へのうながしを与える。」

さらに、facebook「サイババの言葉‏ 」の2017年6月15日には以下の記述がありました。 
「食物を準備する人、取り扱う人がその食物に及ぼす微妙な影響というものがあります。そしてその影響は、その食物を口にする人に吸収されます。食物は人格の基です。」サイババ1962年4月5日
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2018年04月25日

今日のスコーンは(その2)

ここニュージーランドでは、今日は、戦争で亡くなった方々を追悼するアンザックの日で祝日です。勤務先のカフェでは、祝日の出勤時間は通常より遅いのですが、今日は、いつもより早く出勤しました。何故なら、明け方に行われる追悼式典の参列者の方々が、早朝から来店されることに備え、いつもより開店時間を早めたのでした。

オーナーからの指示で、いつもよりもスコーンを多めに焼き上げました。デーツスコーンもチーズスコーンと同量で、しかも、両方ともいつもの2倍の量でしたが、開店から2時間ぐらいで、半分近くのスコーンが売れていました。厨房を閉めて帰る際、キャビネットを覗くと、2〜3個のチーズスコーンと4〜5個のデーツスコーンが残っているだけでした。

料理の方も、朝食の時間帯から昼食の時間帯を過ぎるまで、注文が途切れなく入り、休む間もないくらいでした。しかし、1度に、4〜5枚の伝票が並ぶことはなく、先の注文が仕上がると、次の注文が入るような感じだったので、いつもよりはストレスが少なく、淡々とこなせました。

最近、「自己信頼(自分に内在する神聖な存在を信じて頼ること)」と「信仰心(自分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ見る心)」、「無私(神聖な存在のよい道具に徹すること)」、「全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)」、「自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」で決まり文句のようですが・・・。最近になって感じることは、この5項目を心がけるようにしていると、まるで何か(きっと、神聖な存在・・・)に守られているかのように安心して専念できて、仕事が終わった後の心身の疲労感が違うことです。

食のプロになって3年半が過ぎ、やっと芽が出てきたような気がします。この5項目の重要性を実感するために、この地で新しいキャリアに挑戦することになったような・・・。食という、超現実生活を行いながら、精神修行を行っているような、不思議な感じがします。全て「神の計画」だったと考えれば、この先の人生も、何が起ころうが、不安になる必要はないですね。何があっても「愛(=神)」を失うことはないと分かってきましたから・・・。それ以外(今世の自分の肉体も含め)は、いつかは消えてなくなるものですから、1つ1つ執着を減らして、身軽になりたいものです。

Tadashi
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2018年04月19日

愛を伴わない信仰は役に立たない?

これまでも、今世の自分に与えられた能力・才能を発揮し、自分や他者を幸せにするためには、以下の5項目が不可欠だと書きました。

1.自己信頼:自分に内在する神聖な存在を信じて頼ること
2.信仰心:自分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ見る心
3.無私:神聖な存在のよい道具に徹すること
4.全託:全ての判断を神聖な存在に託すこと
5.自愛:ありのままの自分を認め、許し、愛すること

しかし、2018年4月11日のFacebook「サティヤ サイ ババの御言葉」で、「愛を伴わない信仰は役に立ちません。」という記述を目にして、何を行う時にも、愛が伴う必要があると教えていただいた気がします。何故なら、「神は愛が具現化したもの」と捉えれば、「愛が伴わなければ、神が伴わない」ということですからね。

(以下、Facebook「サティヤ サイ ババの御言葉(2018年4月11日)」から引用)
「・・・(前略)・・・神の意志よりも偉大なものはありません。すべては神の意志によって起こります。神の意志を知り、神の意志に従うことは、人間の第一の義務です。・・・(中略) ・・・信仰と愛があれば、他のすべてのものはその人にもたらされるでしょう。多くの人々は信仰を持っていますが、愛に欠けています。愛を伴わない信仰は役に立ちません。電流のマイナスとプラスのように、愛と信仰が同時に存在しなければなりません。―2007年12月26日」

実は、「ハイヤーセルフ(higher-self)からのとても分かりやすいメッセージ(2010年07月30日)」でも書きましたが、「愛」は今世の自分にとっての大きな課題だと認識しています。作り話だと思われる方も多いでしょうが、当時、オーストラリアのショッピングセンターで、大きな漢字の「愛」という文字が全面にプリントされたトレーナーを着ているおじさんを見かけたのでした(しかも、その文字の色は、愛情を意味するピンク色)。当時の私が考えていた「愛」は、「愛着(単なる執着)」だったと、この8年間で気づかされました。また、自愛どころか、自己信頼、信仰心、無私、全託とは無縁で、目先のことだけで精一杯だったような気がします。

私にとって、愛が大きな課題なのは、今世に始まったことではないと、高江洲薫先生による過去世リーディングで知ることができました。私の場合、過去世での出来事は全く覚えていませんが、当時の感情は鮮明に残っていますので、自分の魂が体験した事実なのだろうと感じています(事実、他者の過去世リーディングを見ても、自分の魂が経験していないことに関しては、他人事のように感じます)。

今から約900年前、私は、アンコール朝(現在のカンボジア)の僧侶だった過去世があります。本人は、「本来、僧侶とは神に仕える者で争う者ではない」と考え、派閥闘争から抜け、平和な時代が来るよう、ひたすら神に祈り続けるのでした。しかし、結局、本人の望むことは何も叶わず、長期間の厳しい修行と断食により人生を終えました。その際、「自らの判断が正しいかどうは、いつになっても分からない」というプログラムが、私の魂に刻まれことを知りました。

この時に自己信頼も、「神=愛」への信頼も失いましたから、その後の過去世では、時には権力、時には地位、時には富を得えた人生を体験しても、いつも途中で失い、最期は、恨みと悲しみで終わる人生の繰り返しでした。高江洲薫先生から今世の言霊として、「私は恨みと悲しみの人生を終了し、愛と喜びをもたらす道を歩みます」をいただき、自分の魂の決意を知りました。

もし、僧侶の過去世の時、「愛と信仰が同時に存在しなければならない」と知っていたらと思わずにはいられません。しかし、全ては「神の計画」ですから、今が「神の時」なのでしょう。全ては「神の計画」としてあるのなら、表面的な「失敗・成功」には大きな意味はなく、全てを「必要な経験」として受け入れることが、神の目から見た「大成功」だと感じました。いくら世間から大成功の人生と思われたとしても、信仰と愛が伴わないのであれば、神の目からすれば違ってくるのかもしれません。

「信仰と愛があれば、他のすべてのものはその人にもたらされるでしょう」という言葉を信じ、諦めることなく、1歩1歩、前進したいと思います。時には、後退しているように思えても・・・。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし

2018年04月18日

10年前の今日は・・・

去年、「9年前の今日(2017年04月18日)」でも書きましたが、10年前の今日は、当時、オーストラリアで暮らしていた家内と一緒に生活するため、日本を離れた日でした。

まさか、10年後、自分が、オーストラリアではなく、ニュージーランドで暮らし、しかも、50歳を目前に、10代の頃に興味のあった調理と製菓を学び、50歳を過ぎて、現地のカフェでシェフ兼ベーカーとして働いているとは、全く考えもしませんでした。・・。

そして、1年前のブログでは、「自己信頼(自分に内在する神聖な存在を信じて頼ること)」、「信仰心(自分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ見る心)」、「無私(神聖な存在のよい道具に徹すること)」について書いていますが、その後、「全託(全ての判断を神聖な存在に託すこと)」と「自愛(ありのままの自分を認め、許し、愛すること)」の必要性にも気づかされました。

それから、「Sathya Sai’s Message for the Day」という日めくりの4月11日のページには以下のメッセージがありました。

「God, who is the embodiment of love, can be attained only through love, just as the effulgent sun can be seen only though its own light.」

以下のような意味になると思います。
「ちょうど、光輝く太陽は、その光を通じてのみ見ることができるように、愛が具現化された神は、愛を通じてのみ獲得することができる。」

愛が具現化されたのが神」だったとは、目から鱗が落ちる思いでした。だから、「神は愛、愛は神」と言われる由縁ですね。実は「自分には神が見えない」と思っていましたが、「愛=神」は、目で見るのではなく、心で感じるものなのだと教えていただいたように感じます。また、「愛は最大の防御であり、最大の武器でもある。愛は敵を味方にも変える。」と言われる由縁は、「神は最大の防御であり、最大の武器でもある。神は敵を味方にも変える。」と捉えれば、納得ですね。

それから、「神は全ての魂に内在する」「愛は全ての魂に内在する」と捉えれば、分かりやすいです。どんな魂にも、多い少ないの違いはあれ、愛は存在するものですからね。だから、愛なしには生きられないものなのでしょうね。ただ、私が「愛」と思い込んでいたものは、愛着や執着だったような気がします。今、「真の愛(無条件の愛)」を学ばせていただいています。

この10年間、いろいろなことがありましたが、全ては「神の計画」だったと気づきました。上手くできたか、上手くできなかったかは、全く関係なく、この間、諦めることなく1歩1歩、前進し続けたことは、神の目からすれば「大成功」だったのかもしれません。まあ、3歩進んで2歩下がる、時には、2歩進んで3歩下がるの時もありましたが、今では、速さではなく、全ての体験に意味があったと思えます。

Tadashi
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2018年04月17日

今日のスコーンは

20180417.jpg毎朝、ベーカリーから仕入れたクロワッサンやデニッシュを販売していますが、今朝は、仕入れ先の都合で、配達がありませんでした。そのため、いつもは、甘いデーツ・スコーンは、チーズ・スコーンより少なめに作っていますが、オーナーからの指示で、同量を作りました。

帰り際、店頭のキャビネットを覗くと、なんとデーツ・スコーンは完売していて、チーズ・スコーンが2個とマフィンが1個残っているだけでした。チーズ・スコーンは、開店して間もないうちに完売してしまい、2度目を作ることもありますが、今日は、デーツ・スコーンの売れ行きの方が良くて、驚きました。

実は、旧オーナーの時、当初は、両方のスコーンを作っていましたが、デーツ・スコーンの売れ残りが多く、販売を止めていました。デーツ・スコーンには、ドライ・デーツを入れますが、作成の過程で、デーツが水分を吸収してしまうため、硬くなったり、中がぱさついたりするため、チーズ・スコーンよりも、難しく感じていました。水分の加減や、デーツを入れる作業工程など、試行錯誤の末、最近は、随分と改善できたところでした。

粉とバターを混ぜ、牛乳を加え、生地をまとめ、成形し、オーブンで焼き上げるだけと、とても単純な作業工程ですが、パンのような食感に仕上げるためには、奥が深いと感じます。日本に一時帰国した際、家庭用オーブンで作りましたが、材料の品質が異なるのか、オーブンが高温にできないからなのか、原因は不明ですが、モチモチした食感となり、全く別の食べ物になって、ガッカリした記憶があります。

Tadashi

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2018年04月14日

たかがスコーン、されどスコーン

20170406-2.jpg今日、カフェのオーナーから、スコーンについてお客さんからのフィードバックを聞きました。「外はカリカリで、中はフワフワで、今まで食べたことがない。」という内容でした。こちらの多くのカフェで作っているスコーンは、料理学校で習ったスコーン(日本でも馴染みのあるタイプ)と作り方も仕上がりも違うため、最初は戸惑いましたが、試行錯誤を重ね、1歩1歩、完成度が高まってきた感じです。

石の上にも三年と言いますが、3年半経った今、料理学校で習った製菓の理論と実技を応用しながら、試行錯誤を重ねた結果、1歩、1歩、お客さんに喜ばれるようになってきました。最初の頃に作ったベーキングの写真を見ると、今では、お恥ずかしいぐらいです。未熟な商品を買ってくださったお客さん、無料で場所と食材を提供して給料まで払ってくださった前の経営者への感謝は忘れないようにしたいと思います。

若い頃、職人だった父は「職人は一生涯勉強だ。」というのが口癖でした。確かに、毎回、必ず改善点があります。何事も完璧はあり得ず、どれだけ、完璧に近づけるかなのだと痛感するこの頃です。食材や設備が異なれば、仕上がりも異なります。それでも、同じ品質を提供できるのがプロなのだと学習しています。

Tadashi
posted by T&H Therapeutic Healing at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ベーキング

2018年04月11日

イースター休暇も終わって

イースター休暇が終わり、カフェも落ち着きを取り戻しつつあります。それでも、旧経営者の時とは異なり、それなりに料理の注文が入るため、単独で担当する月曜日と火曜日は、気は抜けませんが、勤務中に10分休憩が取れる日が増えました(こちらでは、4時間勤務する毎に、10分間の有給休憩が労働者の権利として認められていますが、8時間以上勤務でも2回どころか、1回も取る暇もないことが多々です)。

先週の金曜日、アーモンドビスケット(約20個)を焼きましたが、月曜日には残り4個しかないと言われ、合間を見ながら作りました。実は、いつもベーキングを始める途端に、料理の注文が入り、悲惨な結果になることが多く、単独の営業時間内にベーキングすることは諦めていました。しかし、今回は、重なることもなく、美味しそうに仕上がりました。

また、お客さんからのリクエストで、最近、チョコレートケーキを再開することになりました。実は、2人いたシェフの1人が辞める際、新規募集は行わず、私がその分をカバーする代わり、ベーキングの時間が減る分、ケーキは、キャロットケーキだけに限定していたのでした。限られた人員・時間の中で、付加が掛かることですが、もう1人のシェフの協力も得ながら、リクエストに応じています。

それから、アンザックデーが近いので、昨日は、久々にアンザックビスケットを焼きました。これも、以前は、常備していましたが、ベーキングに使える時間の削減に伴い、止めていたのでした。

私の場合、一つのことだけに集中するより、楽しみながら料理とベーキングをこなす方が、仕事に対する喜びが増し加わることを実感しています。料理学校に通っていた頃、実習検定では、毎回、作業計画書を作成し、時間制限の中、時には4〜5種類の品を課せられることもあり、いろいろな行程を、同時に行う訓練になりましたが、今、現場でとても役立っています。様々な失敗を繰り返しながら、最も効率のよい作業の段取りを学習しています。

Tadashi
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2018年04月10日

「良い人」も「悪い人」も、ただの幻?

2018年4月10日の「今日の御言葉」に「世界は自分の好き嫌いに応じて二つに見えます。」という内容のものがありました(参照:下部)。以前に「良い人と悪い人(2011年02月12日)」という記事を書いていましたが、単に自分の「好き嫌い」によって違って見えるだけだったとは驚きです。

この「今日の御言葉」は、とてもタイムリーに、いつも自分が求めている答えを得られるので、私のために、私に分かりやすい方法で、メッセージを伝えてくださっているのだと感謝しています。自分の考え方次第で、世の中の物事が、全く違って見えるものだとは、知りませんでした。

Tadashi

<以下、引用:今日の御言葉 2018年4月10日>
世界は自分の好き嫌いに応じて
二つに見えます。
自分が好きなものは良いものに見え、
自分が嫌いなものは悪く見えます。
自分が好む人については、
その人が何をやっても、
たとえ悪いことをしても、
喜ばしいものに見えます。
自分が好まない人については、
たとえその人が良いことをしても、
悪く思えます。
            ― サティヤ サイ ババ
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「今日の御言葉」
 編集:サティヤ サイ 出版協会
 発行:サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
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posted by T&H Therapeutic Healing at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒やし